思考がウナギになって逃げた話
忘れてしまった。さらに最悪なことに何を忘れたかすらも思い出せなくなった。さっきまで俺は何かを考えていたのだ。その頭の中にいたはずの思考がふとした隙に逃げていった。
まだ気配はする。近くにいる。だけどうまく掴めないのだ。さっき一度指に触れた。でもしっかり掴もうとして力を込めたらぬるっとすり抜けられた。
まるでウナギみたいだ。
記憶という水の中に手を入れて、それを動かしてまさぐる。まさぐればまさぐるほど泥が舞って、水が濁って、それがどこにいるかますますわからなくなる。こうなったらもう駄目だ。もうどうしようもない。諦めるしかない。
きっとそれは泥の立つ記憶の中をするすると泳いで、どこかの岩陰に隠れてしまったのだろう。そしてほとぼりが冷めたころ、悠々と泳いでどこかへ行ってしまったのだろう。俺の思考はウナギになったのだと思うことにした。
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