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光(二)

 同好会は活動場所を自分たちで見つけるところから始まる。どこかの教室でやろうかと考えたけれど、大きな音を出せないのがネック。周りに迷惑にならず、体をめいっぱい動かせるスペースのある場所となると、あとは屋上くらいだった。
「でも、ここなら人は来ないし、広々と使えるね」
 舞子は好意的に捉えている。それに、ここならたとえ人数が増えたとしても対応できる。まだ増えるか分からないけど。
「じゃあ、ここで練習しようか」
「うん」
 活動を始めると決めてから、わたしたちは話し合いを重ねていた。オリエンテーションで披露する曲は既に固まっている。どんなことを新入生に向けてアピールするか、さまざまな案が出ている。
 話し合いをしている間、美桜はわたしたちに近づいてこない。会えば今まで通りの関係を保てているけれど、少し疎遠になっていくのではないかな、という危惧がある。でも、もう美桜を無理して誘うことはできない。心の内で祈るだけ。
 曲を通して踊るとすぐに汗をかく。疲れを感じて地面にへたり込むと、日差しを受けたそこはほんのりと温かくなっていた。息を切らしながら空を見上げる。
 今でもイベントで輝いていたアイドルたちの姿が目に浮かぶ。彼女たちの笑顔を思い出すと、自然とこちらも笑顔になれるのだ。あんな風になれるようにとイメージしながら練習する作業、繰り返すことで自信も湧いてくる。
 部活とはいえアイドルを目指すということは、誰かを笑顔にしてあげること。わたしたちが歌って踊るだけでみんなの心に響くのかどうか。でも、やりたいって思ってしまったのだから。
 休んでいると、横から肩をトントンと叩かれる。練習再開かな、と舞子の方を向くと、屋上の入口を指し示していた。そっと目を向けると、こちらをじっと捉えている美桜の姿があった。隠れているつもりなのだろうけど、体半分が丸見えだ。くすっと笑って、わたしは彼女に歩み寄っていった。
 あの日、美桜の心にも何か届いていたはずだ。ステージを見上げる彼女の目のきらめきは、わたしたちと遜色ないものだったのだから。
 わたしに気づいて逃げようとする美桜に、大きな声をかける。
「美桜!」
 一緒に練習しよう。片手をぐっと伸ばす。いつもわたしたちは一緒だった。本音を言えば、スクールアイドルだって共にがんばりたい。
 美桜がこちらの様子を窺っている気配がした。

 新入生たちを前に、次々と各部活がパフォーマンスや紹介をしている。サッカー部がリフティングを披露すれば、卓球部がラリーをテンポよく続ける。吹奏楽部や軽音楽部は演奏し、いずれも好印象を与えているようだった。
 つい先日発足したばかりのアイドル同好会は、校内唯一の同好会。そのためパフォーマンスする順番は最後。それがプレッシャーにも感じられれば、ほかの様子を見てから出られる、というメリットも併せ持っている。
 とにかく、わたしたちらしくやることだ。わたしと舞子と――それに、美桜で。
「緊張してきましたね……」
 美桜は緊張しいだから、さっきから表情が硬い。
「リラックス、リラックス! できたばかりの同好会だから、ハードルは低いよ」
 わたしが声をかけても、安心してくれない。

「でも、今日の結果如何で新入生が入ってくれるかどうか決まるのでしょう……?」
「そうだとしても、今さらよその誰かみたいにできるようになるわけじゃないんだから、わたしたちはわたしたちらしくやるしかないよ。がんばろう!」
 舞子が明るい笑顔を振りまく。それでようやく、美桜の頬に笑窪が浮かんだ。
「うん……わたしたちらしく、か」
 少し前までは、新入生向けのオリエンテーションでこんなことをするなんて想像していなかった。本来なら家の手伝いを忙しくしていたのだろう。最近はちっとも手伝えていない。だけど、学校で本気で打ち込んでみたいものが見つかった、と言ったら、納得してくれた。
 そろそろ出番だ。本物のアイドルを目の当たりにし、憧れ、わたしたちもそうなれるように願った。今日はその第一歩。
「最後はアイドル同好会の活動紹介です。よろしくお願いします」
 進行役の生徒に呼ばれ、わたしたちはステージへと歩き出す。なんてことはない、学校の制服。歌と踊りを覚えるのに必死で、衣装を用意する時間はなかった。次は見た目ももっとこだわっていきたいな。
「こんにちは、アイドル同好会です」
 わたしがマイクを握って話し出す。異色の存在の登場に、目の前の女の子たちはみんなざわついている。
「わたしたちは今月の初めに活動を開始したばかりで、まだ人数も少ないです。今日もみなさんを満足させられるライブをできるか分かりませんが、それでも、ほんとうにこの学校のアイドルを目指してがんばっていこうと思っています」
 少し息を吸って、声のトーンを上げる。
「アイドルにちょっとでも興味のある人がいたら、ぜひわたしたちに声をかけてください」
 それでは、と後ろの二人に目配せする。
「それでは、最後にパフォーマンスを披露させていただきます」
 曲はAKB48で『会いたかった』。
 練習してきたとおりにダンスをしながら、もし、アイドルが好きなら、今日のパフォーマンスに可能性を感じたら、一緒に活動してほしい、と考えていた。


  好きならば 好きだと言おう ごまかさず素直になろう

  好きならば 好きだと言おう 胸の内さらけ出そうよ

 みんなにどんな風に思われていたのか分からないけれど、わたしたちは最高に楽しい時間だった。完全に自己満足に過ぎないけど。

 窓から陽光の差し込む教室。放課後になって、生徒たちはそれぞれの部活へと別れていく。オリエンテーションを終え、いよいよ新入生を迎えることになるからか、いつも以上に活気が漲っていた。
 わたしたちの活動場所は屋上。だけど、誰かが訪ねてくるかもしれない、と考え、なんとなく教室に残っている。ただ、口には絶対に出さないが、それは奇跡みたいなものだった。昨日の歌唱力とダンスでは――。
「舞子は歌も振り付けも完璧だったね」
 練習のときから見せつけられていた。アイドル好きを公言しているだけあって、魅せ方を熟知している。歌声もよく透る。
「ありがとう。まだまだだよ。紅亜も美桜も、時間がない中でなんとか形にしてたね」
 実力差は歴然としていたのに、センターポジションは私が務めた。アイドルグループのセンターは、一番歌の上手い人やダンスの得意な人が任されるわけじゃないんだよ、と舞子は言っていた。その素質は分かりやすいものじゃない。今回は、やっぱり発起人の紅亜が。
 真剣な眼差しでそう告げられてしまったから頷いたけれど、この先変わっていく可能性は十分ある。むしろ、変わっていくくらいでなければ。
「失礼しまーす」
 教室の入口の方から控えめな声がする。一年生らしき女の子二人がこちらを覗いている。
「はーい。なんでしょうか?」
 舞子が明るく彼女たちに近づいていく。
「あの、アイドル同好会に入りたいんですけど――」
 全部を聞き終わるより早く、わたしは駆け寄って、一人の手を取った。

「ほんとに! 入部希望者? あ、同好会だから入会希望者か……」
「紅亜、落ち着いて」
 美桜にたしなめられて、わたしは手を引っ込める。
「二人ともそうなんですか?」
「はい、そうです。昨日のパフォーマンスを見て、かっこいいなって思って、わたしたちもやってみたくなったんです」
 自信なかったけど、こんな風に言われると報われる。ちゃんと、響く人には響くのだ。
 さっきから一方ばかりが喋っている。ショートカットで、話し方が溌剌としている。元気がよさそうだ。
「わたし、奈良千歳です」
「小関美帆です」
 よろしくお願いします、と揃って頭を下げた。初々しい新入部員の姿。
 美桜に、ちょっと紅亜、と肩を叩かれて、わたしは涙をこぼしていることに気づいた。

「二人はどんなアイドルが好きなの?」
 舞子が興味津々といった態で訊く。せっかく来てもらったから、もう少し教室で二人の話を聞いてみることにした。
「わたしたち、あんまりアイドルに詳しくなくて」
 千歳ちゃんが答える。美帆ちゃんは物静かな性格なのか、にこやかにしているだけだ。髪を肩先にかかるくらいまで伸ばしていて、幼い印象を抱かせる瞳。
「じゃあ、どうしてここに?」
「昨日の三人の姿を見たら、なんだかすごくいいな、と思いまして」
 言いながら、目を輝かせている。面と向かって言われると照れてしまう。
「でも、正直どうだった? そんなに上手いものじゃなかったと思うけど」
 わたしがそう尋ねてみると、これには美帆ちゃんが答えた。
「確かに、歌とダンスはそんなに圧倒されなかったんですけど――ごめんなさい、偉そうなこと言って」
 わたしは首を横に振る。「いいんだよ、その通りだから」
「でも、何より取り組んでいるときの表情が、ね?」
 と、確認するように千歳ちゃんに問いかける。

「そうなんです。笑顔がきらきらしてて、ほんとに楽しそうでした!」
 そうか。自己満足に過ぎないと思っていたけれど、自分が楽しめていなかったら、相手を楽しませることだってできない。
「歌とダンスはこれから練習したいと考えているんですけど、美帆はデザインのセンスがあるんで、衣装担当にもってこいだと思います」
「え、そうなの?」
 みんなの視線を浴び、美帆ちゃんははにかむ。「そんな大それたものではないですけど……。母親がデザイナーで、昔からお手伝いとかしてきたので」
 これは逸材かもしれない。
「そうなんだ! 今回は制服だったけど、次からはオリジナルの衣装を作ってみたいって思ってたんだよねー」
「え、衣装を作るんですか?」
 何故か美桜が嫌そうな顔をしている。
「だってアイドルなんだから。かわいい衣装を着てこそ、でしょ」
「でも、その……似合うでしょうか」
 恥ずかしがっているのだ。美桜はこういうところがある。それが彼女のかわいさだと思うけど。「大丈夫、美桜も絶対に似合うよ」
 改めて美帆ちゃんに向き直る。
「アイドルのことだったら舞子が一番詳しいから、アドバイスを受けながら製作するといいかも」
 そうだ、彼女たちに名前を教えてもらったのに、わたしたちはちゃんと名乗っていなかった。
「そういえば、自己紹介してなかったね。わたしは山崎紅亜」
 すると、二人とも、くれあ、と不思議そうに繰り返す。もう、こういうリアクションには慣れている。
「紅白の紅に、亜細亜の亜って書きます。変な名前でしょ」
「いえ、そんなことないです」美帆ちゃんが否定する。「魅力的な名前ですね」
「ありがとう」
 横を向くと、続けて二人も自己紹介する。
「わたしは美崎舞子」

「西永美桜です」
「三人とも二年生なんだよー。オリエンテーションでも言った通り新たにできたばかりだから、あなたたちが初めての後輩――あ!」
 わたしはあることに気づいて、つい叫んでしまった。みんな目を丸くしている。
 二人加わったということは、部活としての要件を満たす。五人以上で同好会から昇格できるのだ。
「そうだよ、これで晴れて部活動になるんだね」
 さっそく先生に言って、申請してもらってくる、とだけ言い残し、わたしは走り出した。背中越しに、紅亜、と追いすがる美桜と舞子の声が聞こえた。それでも、わたしは勢いに任せて走った。
 これから、わたしたちはほんとうにスタートする。スクールアイドルとして。

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