『鬼滅の刃』-猗窩座について-

 ジャンプで終幕まで内容は知っていますが最新刊を購入しました。ずっと所感を述べたかった『鬼滅の刃』ですが、今、作中でも非常に人気のある猗窩座の人物論から叙していこうと思います。
 私は論文なりを執筆する時、その構想により大体の文字数が経験的にわかるのですが、人物論に限定しても『鬼滅の刃』は恐らく5千字程度になります。その理由はキャラクターに秘められた名前、背景、そして鬼殺隊側の、四季と紐帯しているキャラクターの生き様、その由来が主となります。これをTwitterで全て考察対象とするのは疲弊するので、実行するにしてもPCからnoteに、となります。(注:最初はTwitterで書きました。)
 そこで今回は鬼側で圧倒的人気を誇り、私自身も鬼側で最も好きな猗窩座(あかざ)というキャラクターの、その名前に秘められた彼の背景に迫ってみようと思います。(尚、社会現象となっている当作品の事情を鑑み著作権を意識したものとなります。)以下、便宜上常体にて記述する。

 猗窩座は江戸時代の罪人であった。罪は窃盗等。理由は極貧にあり病状の父を助ける資金調達が為。貧困によるこうした類は『徒然草』でも言及されており、兼好は「罪にあらず」と主張しますが、江戸幕府はさにあらず。猗窩座(人間時の名がありますが割愛。)罪人の証たる入れ墨をその罪の多数が故に身体中に刻印される。
 父は自分の為に罪人となった息子に呵責し縊死する。慟哭した猗窩座を助けたのはある道場の師範。彼は自身の仕事で外出する代わりに病気の娘の看病を頼む。時が経ちいつしか猗窩座と娘は両想いとなり、婚約を誓う。師範を第二の父の如くに慕い三人幸福にあった。その平安は猗窩座にはこれまでついぞ無かった。
 だが、悲劇は再び猗窩座を襲う。隣の剣術道場が種々の事で身勝手な憎悪を覚え、ついに井戸に毒を垂らし娘と師範を毒殺する。猗窩座は父の墓参り中で難を逃れたが、その惨劇をみるや、彼は正に修羅となり、剣術道場にいる全員を抹殺した。
 絶望した彼が彷徨していた時、彼は無惨(鬼の始祖)により鬼となった。

 長くなったが、猗窩座が鬼化した経緯は以上。猗窩座は大切な者達(父、師範、そして結婚を誓った娘)を守れなかったのは「弱いが為」と確信し、そして「弱き者がいつも卑怯な手を用いる」との思想を抱懐し、ただただ強さだけを求め修練する鬼と化し、そして武の極みへと近づく。(「上弦の三」という別次元の強さをもつトップ三の座についている。)
 さて、冒頭に『鬼滅の刃』は名前にこだわりがある旨を述べたが、ここで猗窩座の名前の意味を紐解く事が彼の物語を美しくも儚い、故にこそ作品中屈指のものの一つと成している理由を把握するに繋がる。
 猗窩座の「猗」だが、これは「去勢した犬」という意味を内包する。次に「窩」。これは「かくす、かくまう」なる意味を有する。「座」はそのまま「座る」。
 コミックス18巻155話のタイトルは「役立たずの狛犬」と名付けられている。これは無論、猗窩座のことを意味している。「去勢」には「抵抗する力を失わせる」といった意味もある。
 つまり、大切な者達を守る(かくまう)こともできず、その場に座して動かぬ「狛犬」の如き存在、それが猗窩座なのである。
 ここで猗窩座の言葉をコミックス18巻から引用してみたい。
「弱い奴が嫌いだ。弱い奴は正々堂々やり合わず井戸に毒を入れる。醜い。弱い奴は辛抱が足りない。すぐ自暴自棄になる。『守る拳』で人を殺した。師範の大切な素流を血塗れにし、親父の遺言も守れない。そうだ、俺が殺したかったのは‥」
 猗窩座は最期に全てを理解する。本当に弱かったのは「自分だったのだ」と。そして、それを気付かせてくれた炭治郎にそっと微笑む。感謝の意を伝えるように。
 絶命する瞬間、猗窩座の前に娘が現出し抱擁を交わす。娘(恋雪こゆき)は莞爾と微笑みながらささやく。「おかえりなさい、あなた…」。恋雪の眼から落ちる涙。

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