見出し画像

現代語訳 羿射九日異聞 2

弟子との二人旅

「いやーにしてもいきなり『旅立てぃ!』なんて急な話デスね!」
なるたけ明るく話しかけるがあからさまに不機嫌でムスッとしてる師匠を気遣うのも骨が折れる。
僕こと逢蒙(パンメン)は玉皇大帝様より使命を受けた羿師匠に修行の一環として地上まで連れてこられたのだった。
西の果て崑崙山から山越え谷越え野を越え森を越えようやく太陽の住む東の果てである『扶桑樹』へ向かう。
扶桑樹までの旅路で10羽の太陽が各々遊びまわっているらしい。
思ったより長い旅路であるが、不老である道士の僕や道士修行を重ねた仙人である師匠なら、それほど過酷な旅にはならない・・・と思っていた。
甘い考えだった。
なんせ暑い。10羽の太陽が地上の人のことなど考えずに遊びまわるように飛び回ってるせいで、手元の温度計の赤い部分が限界突破しそうだ。
道士である僕でこの地獄の釜のようなうだる暑さに参っているのだから、地上の人々はもっと過酷なのだろう。
旅の間に通る町通る町、多くの人々の顔はこの暑さのせいで食べるものも無く、飲み水も少ないせいか今にも干からびてしまいそうだった。

師匠は歩みを止め大きく手を広げ息を吸い込むと「ハァァ・・・」と大きく息を吐く。
「師匠?」
と僕が声をかけると、師匠は納得のいかない顔はそのままで首肩を回し振り向いて
「切替が大事か。PS5はあきらめよう。やっぱ時代はゲーミングPCだよな」
と苦そうな笑みを浮かべる。
「そんなに欲しかったなら奥様の嫦娥(チャンエ)様にお願いすればよかったじゃないデスか」
「いやアイツはダメだ」
きっぱりと言う師匠に僕は首をかしげる。
そんな僕を見て師匠は
「あいつは『9時になったら赤い録画ボタン押すだけでいいから』って伝えたのに、赤いNetflixボタン押して楽しみにしてたカリ城の録画が出来なかった女だぞ」
「カリ城なら毎年やるからそんな気にしないでも・・・」
師匠はよっぽど以前見れなかったことを根に持ってるようで、何年経っても未だに奥様が機械に疎いと愚痴を零す。
「BTO構成をどうするかいっそ自作するか、そんなのはこの依頼が終わってから考えればいいか。うんうん」
「はあ、そうデスね」
なんにしても機嫌が直ったなら良かった。
僕たちはいよいよ依頼のあった地上の王が治める大地の一つ雍州へと足を踏み入れるのだった。

壬と癸

壬(みずのえ)と癸(みずのと)という太陽の双子。
10羽の太陽のうちこの二人がこの雍州の地で遊んでいるらしい。
なんとかして扶桑樹まで追い払わないといけないんだけど・・・。
「師匠は何食べてるんですか?」
「ん?これ?かみさんへのお土産のチョコ」
このクソ暑い中、コップに入れたホットチョコレートを美味しそうに飲む師匠。
「暑くないんですか?」
「暑いったって崑崙山いたときは山の麓いつも燃えてたし、チョコも溶けてちょうどいい」
「師匠、口の周りどろどろデスよ・・・」
そう僕が呟くと師匠は服の袖でゴシゴシと口周りを拭う。
まったくその汚れた服洗うの誰だと思ってんですか、僕ですよ。と言いたいが師弟の契りは洗濯用のたらいより重い。大きめにため息を吐き
「師弟関係解消しようかな・・・」
僕の小さな愚痴に師匠はケラケラと笑い手元のコップを僕に向かって差し出すと
「そういうなよ、お前もいるか?」
と笑ってみせる。
この旅の先が思いやられる。そう思い僕はもう一度大きくため息を吐いた。

「双子いましたね」
思ったよりあっさりと見つかった壬と癸の二羽の鳥。
鳥人間とでも形容すべき火の鳥二羽が楽しそうに泉で遊んでいる。
しかし水遊びをするそばから二羽によって泉の水は蒸発し、そこから元来勢いよく流れるであろう川への水はチョロチョロと干上がっていた。
いっても見た目は子供とは言え相手は神。修行中の道士である僕からしたら圧倒的格上。「地上に人間が困ってるんです」なんて言ったところで何も手が出せないままあの川と同じように干上がってしまうだろう。
しかしここまで自信満々に歩いてきた仙人である師匠なら、きっと何かいい策を思いついてるに違いない。
「さて・・・どうしたもんか」
「え!?」
まさかの無策。
いくら日頃いい加減な事ばっかり言ってたとしても、いざという時にはいつも何がしかのズルを思いつく師匠なのに。
「え、さすがに手が無いって事はないデスよね・・・」
「そんなわきゃないだろう。策はある・・・!」
きっぱりと自信満々に言ってのける師匠。やっぱりさすが僕の師匠なだけはある。
「デスよね!よかった!それでどうするんですか?」
「まあ待て待て」
と勢いよく詰める僕を制すると師匠はその場にドカリと腰を下ろし胸元から何かを取り出した。
「師匠それって・・・」
僕が言いかけると師匠は笑顔を崩さず言い放った。
「ああ、チョコレートドリンクだ」
「なるほど!何か策を実行する前にまずは糖分の補給というわけですね!」
「え?ん・・・ま、おう。そんな感じ・・・」
「なるほどなー・・・って完全に何も考えてない人のセリフじゃないデスか!!」
ゴニョゴニョと濁しつつペットボトルの蓋を開ける師匠。
口を付けようとしたその時、背後から声が聞こえた。

「なんだか楽しそうな声が聞こえるね!」「聞こえるね!」
僕はその声に強張り、後ろから聞こえるサクッサクッという草を踏みしめる音を耳に感じるのみで、なかなか振り返ることが出来なかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?