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ショートストーリー 蛍

仕事帰りの電車は何時も通りに空いている。
だけど僕は敢えて座席に座らずにドアの前に立っている。酔っぱらいや眉間にシワを寄せている人達の空気から逃げてるからだ。
徐に腕時計を見ると無意識に溜め息が出た。
ドアの窓を見れば車窓は漆喰の闇と街の明かりが交差して流れていく。
何時も通りの車窓から外を眺めればふと懐かしい声がした。
「蛍がね。綺麗なんだ。」
彼女の言葉が脳裏に鮮やかに甦る。
「蛍?見たことないな。」
僕は興味なさそうに彼女に答えた。
僕の言葉に彼女は寂しそうに俯いた。
「田舎のイメージだものね。蛍ってね、川が綺麗じゃないと生きれないの。だから、私も同じなの。」
彼女とはそれっきりだった。
車窓は漆喰の闇と街の明かりを交差して流れていくだけだ。
僕はドアの窓に映る草臥れた自分を見て呟いた。
「俺も同じだよ。」

「ショートストーリー 蛍」

ショートストーリー 蛍をお読み頂き有り難うございます。
どなたかの目にとまれば幸いです。
お時間よろしければまた宜しくお願い致します。


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