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結婚は生活の一つでしかない

読書感想文 『傲慢と善良』辻村深月

結婚て、なんだろうか。私は結婚しているのだけど、結婚しなくてもいいと思っていた。夫との同棲を我が両親に伝えたところ、結婚を踏まえての選択なのかを問われて、それじゃあ、結婚するか、という流れになった。しなくても良い、ということは、しても良い、ということでもあった。というわけで、結構な低空飛行からの結婚となった。

『傲慢と善良』は辻村深月先生が描く恋愛小説にして、婚活をテーマにした長編の作品となっている。婚活によって出会った真美と架は、とある事件をきっかけに結婚を決めるが、真美は失踪してしまう。失踪した真美の行方を追う中で、架はそこでようやく、真美とはどんな人間かを知っていく。

本作のタイトル、恋愛小説、とくれば、J・オースティンの『高慢と偏見』が思い出されるだろう。18世紀末〜19世紀初頭のイギリスを舞台に、片田舎に住むエリザベスと、資産家ダーシー氏との関係を描いたこの作品は、当時の時代背景が色濃く出た名作。『高慢と偏見』では、お互いの高慢さ(プライド)と偏見が、カップルの結婚を阻害する。本作において、辻村深月は近年のカップルの結婚を阻害するのは『傲慢と善良』だと説く。

真美を追いながら、架は婚活における自身の傲慢さに気付き、そして真美の善良さを知る。この善良、が決して褒め言葉ではないのが味噌。一方の真美は、自身の善良さに傷つき、架の傲慢さを知る。

決着の仕方が良い、と思った。『高慢と偏見』を読んだことがある人ならば、うん、そうくるでしょう。と思うし、そうこないとJ・オースティンをなぞる理由がない。恋愛小説の大家J・オースティンを借りたからには、やっぱりちゃんと、そう終わらせないと。

私の持論なのだけど、カップル同士の結婚というのは結婚したところがピークで、そこからはテンションが下降しやすい。お互いがベストだと信じ、良い恋人ではなく、良いパートナーとして期待してしまう。だから、暮らしていく中で粗が見え、幻滅したりする。一方でお見合いの場合、特に相手に大きな期待もしていないから、「あら、以外にこんな良いところがある」とよっぽどのことがないと、上がるしかない。結婚は勢いで、馬鹿になってすることが多いけど、期待値は低めから始まったほうが、気持ちが安定するのではないか、と思うのだ。結婚て、結局のところ、生活の一つでしかない、というのが私の結論。

そう考えると、燃え上がる恋愛ってのにも憧れたことはあったけど、エリザベスとダーシーさんのような、真美と架のような帰結、というのは婚活というテーマの中で一番良いのではないかと感じる。少女漫画にある、素敵だけどこの先が不安になるカップルじゃなくて、大人の恋愛として応援したくなる。そんなカップルの大恋愛。ただ、思いの総量につかれちゃったな。

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