神秘的な日(vs東京ヴェルディ)
松本泰志さんのチャントを歌えた時点で"モト"は取った。もうどうとでもしてくれ――ぼくは、味の素スタジアムの柱によりかかって、ただ時間が過ぎるのを待っていた。本来サッカーをやっているはずのピッチは無人、大量の雨粒でまっしろけだ。その奥に「落雷の恐れがあるため試合を一時中断します」というアナウンスを表示したままのスクリーン、そしてゴロゴロゴロと鳴り止まない雷鳴……。
アウェー・東京ヴェルディ戦は、二度の「どうしようか」を経て、雷雨による試合中断の運びとなった。大迫さんがボールボーイに「中断っぽいから引き上げよう」と声をかけ、引き上げていくのを見送ってから、ぼくも屋根の下へ避難した。
十中八九、中止だと思った。ゲーム中ずっとヴェルディ側の2階席と屋根のすきまから、ピカピカと稲光が漏れていたたのは見えていたし、足元のアスファルトから伝わる唸り声みたいな振動も気づいていた。「ま、泰志さんのチャント歌えたし、いっか」そう割り切っていた。
だから再開するってなって、屋根の下に避難したサポーターさんたちがいっせいにぶっ倒せチャントを歌いだし、席に向かって行進するあの光景を観たときは、もうしびれた。待ってましたという熱狂。ぼくも「中止じゃないなんてことある!?」とはしゃいで歌う。スタジアムに反響する歌声に包まれながら、サポーターさんといっしょに階段を降りていく。観客席のほうは、雨で空気が冷やされたのか妙に涼しかった。観戦にはもってこいのコンディション。まるで「続きを観ていいよ」とサッカーの神さまからお許しをいただいたかのよう。清涼な空気のなか、神さまの訪れを感じる。ちょっとした神秘体験だった。
ただここでちょっと決まりがわるかったのが、自分の席がサポーターさんたちの席から離れていて、ぼくだけ途中バックスタンド方向にそれていかなくちゃいけなかったこと。ひとりチャント歌いながら横にスライドしていくのは、死ぬほどダサかった。でもそんなダサさも、ぼくらを目いっぱいあおる青山敏弘さんに全部ふきとばしてもらった。血が沸きたつような時間を過ごした実感が、いまもまだ残っている。
試合が終わり、スタジアムの外に出てみるとすぐにムワッと湿気たっぷりの空気に飲み込まれてしまった。不快度指数急上昇。スタジアムのなかのあの涼しさはいったいどこいった。神秘的な世界から一気にもとの世界に引き戻された気がした。スタジアムはどうやら現実の世界とは切り離された、なんらかの神秘を秘めた場所のようだ。そういえばと思い出す。キックオフまえにも、ふしぎなことがあったな。
ひととおりスタジアム演出が終わって、落とされた照明が一斉に点灯、選手入場となったその瞬間だった。背中のほうから突風がぶわっと吹きつけたのだ。かぶっていたキャップが吹き飛ばされそうなくらいの突風。強烈な勢いで、あまりにもタイミングよく、あまりにも不自然に吹くもんだからそのときは「この風、なんかの兆しだったりするのかしら」なんて考えたりした。
スタジアムが仮に神秘的な場だというのなら、あの突風も神聖な兆しだということでまちがいない。劇的な展開をぼくたちに知らせる予兆。もしかするとあの場にいたひとたちみんなを悩ませた雷すらもまた、神さまの訪れだったりするのかもしれない……。
そんなしょうもないを考えながら、ぼくは多摩駅に向かってひとり歩いていた。街灯が少なくて、ちょっとおばけが出そうだった。こわかった。
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