「薬」と「健康」をお届けする、人生に寄り添う在宅訪問の薬剤師
【株式会社FiNE】代表取締役 平井さんインタビュー
薬剤師が患者さまのご自宅や介護施設にお薬をお届けする「りおん薬局」。内科小児科などの外来も受け付けており、地域の方に愛され、今年で設立7年目になります。代表取締役の平井さんに、在宅訪問の薬剤師としての働き方や、今後の薬局の市場動向などをお伺いしました!
1)在宅訪問の薬剤師ってどんなシゴト?
りおん薬局では、「在宅訪問の薬剤師」がメインですが、「調剤薬局の薬剤師」とどのような働き方の違いがありますか?
調剤薬局の薬剤師は、店舗に常駐し、来店された患者さまに対してお薬を出します。一方で、在宅訪問の薬剤師は患者さまのご自宅や介護施設にお薬を直接お届けする薬剤師です。
体を自由に動かせる患者さまは、調剤薬局へ足を運びます。ただ、ご高齢の方や、病状によっては体を自由に動かせない方もいます。そんな方々の人生の最期の1ヵ月、1週間、1日でもお薬を届け続けるのが我々の役割。患者さまの死と向き合わなければならないことも多々あります。そうした厳しさと同時に、ご家族の方から「ありがとう」と言っていただける、そんなお仕事です。
死と向き合うお仕事について簡単ではないと思いますが、平井さんはどうお考えですか?
自分に合うか合わないかはあると思います。誰しも、最初から死と向き合うことに慣れている人なんかいませんよね。実は、目の前の患者さまに親身になればなるほど、亡くなってしまった時の、心のぽっかり感や、虚しさ、悔しさ、悲しさなどの感情が勝ってしまうんです。
だから今まで何度も涙を流しました。
薬局の薬剤師だと、患者さまが亡くなる瞬間に立ち会うことはありません。一方で、在宅訪問では、患者さまが亡くなっている現場に行くこともありますし、医療用麻薬の回収などで、亡くなった後に訪問することもあります。お葬式に参加する機会も増えました。患者さまにもっと何かできたのではないかと思い、悔しくて何度も泣いてきました。
そこで、心が耐えられなくなる人は向いていないと思います。
ただ、目の前で亡くなっていく患者さまから多くのことを学びます。その人の歴史を学び、死を教えてもらい、次の患者さまのために学ばせてもらっていると思っています。
患者さまの看取りを一度経験すると、次に同じような病気、似たような境遇の人に出会ったときに「わからない」ということが少なくなるんです。
車や自転車の運転と同じで、最初は周りが見えなくて怖いんですよ。不安でスピードも出ない。でも、慣れていったときは余裕をもって運転できるし、加速することもできるんです。さらに事故をしないように気を付けられますし、これは死と向き合う仕事でも同じことが言えると考えています。
在宅訪問の薬剤師を目指すきっかけはなんでしたか?
祖母の体調が悪い時に治療薬を理解できず悔しかった経験が、在宅訪問の薬剤師を目指すきっかけとなりました。
薬学部を卒業後、製薬会社でMR(医療情報担当者)として働いていました。その時、元気だった祖母が急変して、倒れて入院したんです。病院へ行くと、廊下に祖母のベッドが置かれていたんですよ。当時、病室がいっぱいだったそうで。
そして身体に管が入った状態で点滴をしていて、祖母と会話すらできませんでした。せめて、治療薬のことだけでも確認しようと思ったものの、全然わからなかった。それが本当に悔しかったんです。
MRとして仕事をして、一部の領域の医薬品には詳しかったのですが、それ以外の領域は全く分からず、祖母の身体の状況も把握できず、医師と話していても何となくしか理解できなくて。
「今まで何をしてきたんだろう。」
一気に虚無感に襲われました。
そのことを、当時仕事でお世話になっていた在宅医療を専門とする医師に話すと「在宅医療を経験してみるか?」と仰っていただき、休日に現場の同行を始めました。最初はかばん持ちから始め、1年間ベタ付けで医師に付き添いました。
これは、仕事として行っている訳ではないので給料も出ませんし、現場を見て必死に勉強しました。
その医師に「日本一にならないとMRを辞めません」と断言しました。その後MR3年目から2期連続、日本一に。そして転職し、2008年(社会人4年目)薬局薬剤師に転職して、在宅医療に携わるようになりました。
(2)患者さまの人生により添う薬剤師になるために
どうして在宅訪問がメインの薬局を経営しようと思いましたか?
知識、経験を積んだ在宅訪問の薬剤師がさらに増えると、日本の未来を変えられると思ったからです。
在宅訪問を専門とした大阪の薬局で働いているとき、私ひとりで施設在宅の患者さま360人を担当したこともありました。忙しさのあまり、お薬をただ渡すだけでした。患者さまの血圧を測る、身体の状態を診る、お薬の影響がどのように出ているかなど、考える余裕すらありませんでした。
しかし、訪問薬剤師として担当し始めたころの患者さまを思い出し、このままではダメだと気づきました。
私が、ご自宅へ訪問した一人目の患者さまは、小児でお薬が必要なお子さまでした。
当時5歳で、未だに顔も名前も覚えています。
その子は家の窓から、目の前の公園で小学生が駆け回る姿を眺めることしかできませんでした。そして、こう言います。
「いつか、サッカーチームに入って一緒にサッカーボールを蹴ることが夢なんだ。」
しかし数ヶ月後に亡くなりました。
お葬式の時に、その子のお母さんに手を握られて「本当にありがとうございました」と言われたんです。
その時、涙が止まりませんでした。すごく悔しかったんです。医師や看護師などのサポーターなら「ありがとう」と言われるのも納得できます。しかし、私はお薬をただ届けるだけだったんです。
「私はあの子のために何ができただろう。」
そう思った時に、ただお薬を右から左へ渡すだけの薬剤師ではダメだということを思い出しました。
それ以降、目の前の患者さまの体調をよく診るようになり、お薬のことを説明するのであれば責任を持とう思いました。そして15年間、誰よりも勉強し、誰よりも働きました。
しかし、自分自身の成長ややりがいは感じるようになりましたが、それだけでいいのかという疑問も感じ始めていました。
私自身が体を壊したら今まで積んだ知識や経験が台無しになるからです。
そこから、私ひとりが100人の患者さまを担当するより、例えば50人を担当することができる在宅訪問の薬剤師を10人集めれば、さらに100人集めれば、地域の医療が絶対に良くなる。さらに日本の未来が薬剤師で変わると考えるようになりました。
それを実現するために、私自身が培ってきた知識・経験を分け与えた人たちを育てて働きやすい環境を作りたくて、経営しようと決意し、2017年にりおん薬局を創業しました。
りおん薬局さんは、どのような領域に力をいれていますか?
基本的には、どのような患者さまでも対応できるようにしていますが、特に、末期がんの患者さまは無条件で受けています。いつでも対応できるように24時間体制でサポートしています。
とある日、末期がんの患者さまの新規依頼が入り、その日の夜中、ご自宅にお薬をお届けしました。しかしその後、明け方に亡くなったんです。
即日の対応だけでも、ご家族の方から「ありがとう」と言っていただきました。患者さまの最期の瞬間、表情が柔らかくなり、きっと麻薬が効いて呼吸が楽になったんだ、と。
「ありがとう」と言っていただける、この職業は素敵だなと感じます。
むしろ、こちらがありがとうと伝えたいです。
患者さまと向き合う姿勢に感銘を受けました。働いていて「死」と向き合うことは辛くなりませんか?
正直、心が辛くなる時もありますよ。それでも、患者さま一人ひとりの人生により添う覚悟を持っています。最期の1ヵ月、1週間、1日かもしれませんが、お話ができる状態なら、「どういう人生を歩んできたか」、「どういう仕事をしていたか」など、人生のエピソードを聞くようになりました。今ここで出会えた瞬間を大切にしていきたいと思っています。
(3)今後の薬局の市場動向に関して
今後の薬局の市場はどうなると思いますか?
「大手薬局」と「個人薬局」の二極化すると思います。5~10年後の国の流れや世の中の変化、医療業界の動向を見据えた動きをしていない薬局はなくなるのではないでしょうか。
サービスを中途半端に展開している個人薬局は、大手薬局と合併すると思います。それに対して小規模な薬局でも、大手薬局だとできないニッチな領域を攻めている、さらに地域から求められているところにアプローチできている薬局は残り続けるのではないでしょうか。
地域の方、エリア、求められているニーズに対して、どれだけ充足しているかを見極める必要があります。患者さまが抱える、不足・不満の「不」というものを解決してあげる。これが地域の方から求められる存在になる秘訣です。
求められる存在になるには、地域の患者さまの年齢層・地域柄を把握して、ニーズに沿った形で経営することが大切なんですね。
今後、どのようなことに取り組んでいきたいですか?
薬学教育に参入していきたいです。薬学教育と聞くと、薬学部にいる人が対象だと思われますが、小学生や中学生を含む全ての人に医療、介護、福祉関係に関しても教育していきたいです。情報社会の今だからこそ、正しいお薬の使い方・健康の在り方をしっかり伝えていきたいです。
医療従事者には色々な職種がありますが、臨床に携わる医師や看護師は多忙です。そうした中で、薬剤師はじっくりと話を聞ける存在だと思っています。
薬学教育をしたいと思ったきっかけはなんですか?
薬剤師として、自分の担当の患者さまが薬を正しく使用していなかったら、自分の子どもに対して、背中を見せられないと思ったんです。
実は、私の身内や祖父母は数多くの薬を服用していました。しかし、私は薬学部を卒業したにも関わらず、そのお薬にどのような効果・副作用があるのかわからなかったんです。
自身の薬剤師としての成長は、学生時代よりも社会人で現場を通じて学んだことが多かったものですが、今思えば遠回りでした。大学卒業して17~18年経ちますが、今の私が、昔の自分に会えたらもっと近道できたと感じます。もちろん経験していかなければいけないことはある。しかし、無駄だったと思う経験もありましたね。
最後に一言お願いします。
地域の薬局は、処方せん通りにただ「薬」を渡すところではありません。
患者さんに「健康」もお届けしたい。
そんな想いをもった薬局が増えれば地域の医療介護福祉は変わるはず、と信じています。
インタビューを通して
「人生の最期」の数日~数週間を全力で向き合える薬局はまだまだ多くありません。だからこそ価値があり、真の意味で地域の方に愛され続ける薬局さんだということがわかりました。
患者さまの人生の最期の瞬間まで「薬」を通して「健康」を支えることができる、そんな在宅訪問の薬剤師さんのお仕事は、決して簡単ではありませんが、荘厳で温かみがあると感じました。
平井さん、素敵なお話をありがとうございました!