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たかが一週間 ⑤晴れのち曇りの金曜日

昼休みに職場の近くを流れている川の、川辺のベンチに行くのを日課にしている。食後を寝て過ごしても良いのだけれど、短時間寝るよりは少し歩いたほうが午後から調子が良い。
日によって近くのコンビニでコーヒーを買ったり、読みかけの本を持っていって読んだりする。たくさんの人が通り過ぎるので、その様子を見ているのも楽しい。

けれど今日はただ考え事をしていて、それで時間が過ぎていく。昼休みに限ったことではない、朝からずっとだ。

当然昨日のチャットの内容について考えている。
正直もう今さら彼女とどうこうなりたいとは思わない。当然昔も今も人としては信じられるし頼りにもできるけれど、だからといって私が彼女を会社に呼べるかというとそれはまた違う。
それよりは私の胸にしまってあったはずの恋心がバレていたことだとか、どんな顔でみんなと顔を合わせれば良いのかの方が参ってしまう。さらに何より、私が次期社長と思われていたことの方が驚いた。

大学生の時にアルバイトで大学の近くのレストランに入った。四年間勤めて、そのまま正社員になった。レストランを営業しているのは小さな会社で、社長に気に入られた私は店から会社の経営へ異動し、バイトから数えて十年を超える頃には社長を除いて最古参となっていた。
それでも年上で肩書きも上の社員が他にいるので、私が上に立つことは考えたこともなかった。
そもそも、社長は確かに普通ならそろそろ定年退職の年だが、引退する日が来るなんて想像もしたことがなかった。

昨日やりとりしたメンバーは高校の同級生だが、大学時代も途切れず付き合いがあったから当然私のバイト先としてレストランに来たことがあった。
中でもドラム担当は社長と釣り仲間になり今でも時々一緒に釣りに行くため、二人で何か私の将来に関するような会話をしていたのではなどと変に勘繰ってしまう。
私のいないところでみんなそれぞれ一体どんな評価をしているのだろうか。そしてそのことがこの先、どんなことにつながっていくことになる?


いつの間にか手元ばかり見ていたが、目の前を何か見慣れないものが通り過ぎたような気がしてふと顔を上げた。茶色いダックスフントだった。飼い主は自転車に乗っていて、犬はリードに繋がれていないにかかわらずきちんと飼い主について歩いていく。
それがなぜか私の斜め前でとまり、川の方を向いてじっと見つめ始めた。飼い主もそれに気づいてすぐに自転車を降り、一緒になって川の方を見ている。

何か昆虫や動物がいるのだろう、急にわんわん吠えだす。吠えながら右に行ったり左に行ったり、短い足と小さい足で一生懸命にターゲットを見張っている。しばらく飼い主も見ていたが何も見つけられなかったのだろう、犬の方を見て声をかけると先に歩きだす。すると犬も遅れまいとちょこまかと走ってついていく。

その様子があまりにも可愛くてつい見惚れてしまった。小さくなって見えなくなるまで後ろ姿を見送ってしまった。一生懸命さにちょっと羨ましくなってしまった。

年々何かに熱中することは無くなっていくし、面白そうなコンテンツも少し齧っただけで溢れかえる情報に溺れてしまうし、新しいことに挑戦する気力も無くなっていくい。風邪をひいたら治らないし、徹夜すると仕事にならないし、本を読んでも疲れてしまう。
もう新しい人間関係を作るのも嫌だと思ってきたし、だから仕事が大きく変わることや新しく誰かと出会って生涯の計画を変えることも考えてこなかった。

でも今ふと、ずっと私の中の低いところに溜まって流れていた熱い雲が、少し晴れてしまった。そこから光が差し込んだかと思うと今度は全く別の雲がやってきて、これまた天気が荒れてしまう。
天気なんて先の読めないものに例えてしまうような何も定まっていない考えなんて、いつからそんなに脆い考えになっていたのだろう。
もう一度考え直してみなければ、と考えについて考えながら昼休みがそろそろ終わるのでオフィスに戻ることにした。
(続く)

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