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たかが一週間 ④晴天の木曜日

さっきから職場のデスクの上に置いたスマホの振動が止まらない。何度か止めているけれどさすがに周囲からチラチラ見られ、通知を切った。こっそり見ると例のバンドだったメンバーがチャットで盛り上がっている。
それからしばらく無視を決め込んで仕事を続けていたけれど、その間も無音でスマホのロック画面上を次々とメッセージが流れていく。時刻はちょうど三時、流石に気になるのでスマホを手に休憩に行くことにした。

階段を降りて休憩コーナーへ向かう。自販機でコーヒーを買って窓際の席に腰を下ろす。ちょうど他に休憩している人もいないので、堂々とスマホのチャット画面を開く。
八十件も通知がある。全部バンドメンバーの三人だった。何をそんなに平日の真っ昼間に話すことがあるんだ。そもそもみんな仕事はどうした。
スタートは来週の目当ての店の予約が取れたという連絡だった。ドラム担当、かつ雑用担当。いつも幹事。こんなに頼りにしているのに全く頼りにならない外見をしていて、基本みんなのストレスの捌け口にされる。
ありがとう、の返信の後に女性二人の仕事の愚痴が始まり、聞き役は聞くだけで全く返事もできていないのに話が進んでいき、そして今私が加わる。

何をいえば良いのか正直いつもわからない。そのままを伝えるしかない。
「俺のスマホが鳴りまくって注目の的、俺は蚊帳の外」
「どうしたどうした」
「あ、もしかして仕事してた?」
「サボれサボれ」
「むしろ仕事じゃないの?」
「いやそれがさ」
「もう一回説明するのめんどいからさかのぼって読んで」

しかたなく履歴を上に上にたどって会話の始まりを探す。なんどもスクロールして店の予約の件まできた。店の件、仕事の愚痴の件、近況報告。その中にあった。
「仕事辞めたの?」
何か説明が書いてあると言われたと思い、説明を探す。
「なんとなく?説明ないのと同じだろ」
「だってゴミみたいな仕事続けてたら死んでるのと同じじゃない?」
「まぁ分かる」
「転職?」
「いや、当分無職」
「思い切ったな」
でも彼女の性格を思えば、よほど辞めたい理由があったのだろう。そんな先のことを考えずに行動するタイプではない。

「フリーだってさ 社員募集してないの?」
「お、いいじゃん 社長」
「確かにな 君んとこなら死なずに働けるな」
「はい、採用〜」
「そうだそうだ 今度こそちゃんと言えよ」
「勝手にフラれる男」
チャットが変な流れになってきた。
「え、それ俺か?」
「ほかにどこに社長がいる」
「社長(次)」
私は頭を抱えて机に突っ伏す。

窓の外の空が青い。久々にすっきり晴れてどこまでも青い。何も遮るものがなく、窓枠の下の屋根の金属で跳ねた太陽の鋭い光が目に刺さる。
「ていうかどこまでどうなってる?」
「こっちがききたいよ」
ちょうど社用スマホに着信が入る。
「悪い、仕事に戻る」
「社長がんば」
「逃げんなよ」
晴天の霹靂。
(続く)

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