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たかが一週間 ⑦霞む日曜日

今日は日曜だから休みのはずだったが、レストランの機器トラブルで呼び出されて午前中が消えた。何か予定があったわけでもないけれど、午後の中途半端な時間に解放されてまっすぐに家に帰るのももったいない気がしてそのまま繁華街へ出た。
春物の服や木の早い夏物の服を見て道なりに歩いていると映画館の前まで来た。土日の映画館は混んでいて入る気にならない。通り過ぎようとしていたが月曜に本屋に平積みされていた本が原作の、映画のポスターが貼ってあって足を止めた。
霞がかかった山の景色とアップになった登場人物たち、サスペンス映画らしい。平日に休みが重なったら見てみようかと、ポスターの横に貼ってあった上映スケジュールをスマホで写真に撮った。

歩いていると楽器屋があり、用もないのに入ってギターを見る。大学でも軽音サークルに入っていたし卒業後もしばらくはステージがあったので、固定のバンドこそ無くなってしまったが今でもギターは時々練習する。
弦とピックを見て買い足しておくことにする。決済をしようとスマホを出すとまた今週何度目か、チャットのメッセージが来ていた。当時のリードギターで、当時は可愛らしい女性コーラスのバンドが流行っていたにも関わらず一切歌おうとせず、歌わないことをギターの腕でみんなに納得させた凄腕だった。
「来週、久しぶりに楽器弾きたい」
高校の時のバンドなんて、今集まっても演奏できるものだろうか。けれどそれぞれ高校卒業後もなんだかんだ楽器を続けているのを知っているので、それもありかもしれない。何より、昨晩のアイスキャンデーの棒に書いてあった占いを思い出し「イエス」と返事する。
ついでに「久しぶりすぎないか?」と質問するとすぐに返事が返ってくる。なんでもバンドの写真が撮りたいと言う。

「本当は来週言おうと思ってたんだけど、結婚することにした。それでまた式の日程とか連絡するけど、その時に使う写真を集めたくて」
リードギターから送られてきた。驚いた。
「驚いた。おめでとう。他にも準備とかあれば手伝う。今日の俺は何に誘われてもイエスと答える」
「ありがと」
「何それ」
「じゃ来週のスタジオ探し手伝って」
「ギリギリすぎて見つからないだろ でもイエス」
「最悪カラオケの部屋が広いとこ」
「イエス」
数年前から大学の時の同級生と付き合っていると言うのは聞いていたが、男まさりな彼女の性格からは結婚式をあげるというのもピンとこず、でも当時からいったい何年経ったかを思えば好みだって変わっていくし周りの人との関係で行動も変わっていくのかもしれない。
そんなことを考えていたら、チャットのメンバーが増えて四人揃っていた。「おめでとう」や「了解」が流れていく。

「で、本当に今日は何に誘ってもイエスか?」
なぜかドラム担当から質問が来る。
「イエス」
「どうした?」
「いや、アイスの棒に書いてあった」
「そんな理由か でもわかる そういうところが良い」
「はあ」
と、急にスマホが鳴り始めて、ドラム担当から通話の着信が来た。

「どした?」
「とりあえずイエスで答えて欲しい」
「イエス」
しばらくの間。向こうで息を呑んで、何かを決心したのが伝わってくる。
「お前の人生を僕に預けて欲しい。代わりに僕の人生もお前にかかっている」
「それはなんだ?どういうことだ?」
「イエスかノーか」
さっぱりわからない。
「俺に何をしろって?」
「運命共同体だね」
「それで具体的には」
「不動産屋から独立してビルを買った。テナントを募集しているから一階に店を出して欲しい」
声からして冗談ではないようだ。けれどあまりにも急だし、どういう経緯なのかもわからない。
「それで、イエスかノーか」
本当にイエスと答えて良いのだろうか。

「昔からテナントを募集するときはお前に頼みたいと思っていた、一番信用できる男だと思っているから。でも今の勤め先で社長になる可能性とか、初恋を引きずってる可能性もあると思ってこっちとしても誘って良いものかわからなかった。でもこないだのチャットでどっちもなさそうだったから、もう今しかないだろうと思ったんだ」
「そうか」
この男も私の何をそんなにかってくれているのかはわからない。けれど、素直に嬉しいと思ったし、面白そうだとも思った。
「もっと現地を見てから返事がしたかったよ」
「ああ怖い怖い、スタートから頓挫したくない」
「おい、聞けって」
「やだよ怖い」
「だから、イエスだって」
互いに黙り込んで、しばらく経っても向こうの反応がないので通話が切れたのかと思ってスマホ画面を確認したが、まだ繋がっていた。
「俺だって信用してるよ、話こそ急だけど学生時代から散々聞かされてた夢物語がとうとう現実になるんだろ。それに意味がわからないことをやったり採算が取れないような下手な計画をする奴じゃないってことも昔から知ってる」
また沈黙が続いてしばらく経った頃、小さな声で「ありがとう」と聞こえて通話はかかってきた時と同じくらい唐突に切れた。
メッセージを送っても既読にならないので、また時間をおいて連絡した方が良いだろうと帰り道をまた歩き出した。

今週はなんだか色々なことがあって自分でもよくわからなかった。月曜には予想もしなかった方向に今後のステージが形作られようとしていて、次の一週間でおそらく新しいステージがどんなものになるか決まることになるのだ。たかが一週間の途方もなさに眩暈がして、繁華街の喧騒も霞んでしまった。
(了)

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