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たかが一週間 ③曇りの水曜日

夕暮れにベランダで、ベンチに寝そべって本を読むのが好きだ。月曜に買った本を自分でも早いペースで読み進めていると思う。ミステリの短編集だ。
短編集は話の区切りで読むのをやめてしまうこともあるけれど、少しずつ話がつながっていたり連作だったりすると途切れずに進んでいける。逆にあと少しで話の終わりだからと短時間でも本を手に取るきっかけになる。

春先のこの季節は意外と夕方の日が沈むまでの時間が長く、真っ暗にならない限り本を読めるのであとは気温次第である。今日は日中暖かかったから、暗くなるまで読み続けられそうだ。
隣の家の小学生が練習しているピアノの音が聞こえる。まだ新しい曲なのか片手ずつ、ゆっくり同じフレーズばかりを弾いている。
気づくとそれに合わせて本の表紙の上で指がリズムを刻んでいた。時々途切れて練習は続いていく。小説の中の話も時々章が変わりながら続いていく。帰りにコンビニで買ってきたコーヒーを啜りながら読み進む。
ピアノは少し慣れたのか両手合わせて弾き始め、ようやくテンポも均一になってきた。小説の中では犯人の目星が立ち、探偵役が動機の面を解明していく。そして気づくと私は小声で、ピアノに合わせて歌っていた。

懐かしい曲だったのだ。最近の小学校の音楽の教科書には、私が中学生高校生だった頃のヒットソングが載っていると聞くから、そういった扱いなのだろう。
中学の終わりの高校受験の時に出た曲で受験中に散々聞いて、高校に入ってから軽音部で組んだバンドでカバーした。別に私だけじゃないだろう、あの時分バンドを組んだ高校生の大半がそういった経験をしているだろう。
だからもうあのメロディーを聴くと何も考えずに歌詞が口をついて出てくる。

今改めてじっくりと聞くと照れるような歌詞なのだが、付き合っていた子と別れてから当時のことを思い出す、そんな内容なのだ。
それを聞いて当時、好きだった女の子に告白できずに散々悩んだ覚えがある。告白もしていないのにフラれた気になってこの曲を歌いながら悲しんだ覚えもある。今思えばなんとも臆病な青春だった。
でも当時の私にはバンドが全てで、自分の告白でバンドを解散に追いやるわけにはいかなかった。そう、私はギターボーカルで、彼女は同じバンドのベースだった。

ベースといえばバンドのリズム隊で、ボーカルもそこに合わせていく必要がある。さらにハモリパートがあったり、なんだかんだ二人で練習する機会が多かった。惚れた弱みで頭が上がらないまま、何もできなかった。
そのまま卒業し、バンドは消えた。私の思いは大学に進学して遊んでいる間に有耶無耶にして消した。けれど大学を卒業してから当時の私の笑い話として、私のいないところで話題に上り、バレたらしい。
らしい、なのがまた困ったもので、下手に聞いて蒸し返されても困るし、どうにも今だに頭が上がらない。

そんなことを思い出していたら辺りが暗くなってきた。昨日泥水を吸って洗濯したジーンズを物干し竿から取り、コーヒーの紙コップを持ち、ポケットからはみ出していたスマホを手に取った。
「楽しみにしてるね」ハートの絵文字付き。恐ろしい。いつのもメンツで飲みにいく、要は高校を卒業し活動しなくなって十年以上経つのに付き合いの続いている、いにしえのバンドメンバーの集まりなのだ。
(続く)

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