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ダブリンで積んどく『ユリシーズ』

ダブリンに来るとき、これだけは持って行ったほうがいいかなと思い、重たいのを苦労して運んだのが集英社文庫ヘリテージシリーズ『ユリシーズ』全4巻。読むか読まぬか、、否、ダブリンに行くからには読むべきである!と。

あまり読み進められていないのは不甲斐ない限りですが、それでも、持ってきたのはたぶん正解でした。ダブリンはロンドンや世界の大都市などと違い、日系の書店はありません。日本の本を買おうと思ったら、結局日本から取り寄せることになるのです。

ふつうの小説やマンガならタブレットで読むこともできます。でも『ユリシーズ』は違う。1ページに最低でも2~3回は出てくる注釈を参照しながら読むので、電子書籍とは非常に相性が悪い、というか紙の本の方が幾分かマシという感じでしょうか。紙の本であっても、めくったり、しおりを挟んだり、しおりを挟み忘れたり・・・そこそこの面倒さはありますから。

いったい何をそんなに注釈しているのか。『ユリシーズ』の注釈は、この作品がなぞらえている神話『オデュッセイア』に関する情報、シェイクスピアをはじめとする著名な作品を引用した部分の説明、そしてアイルランドの伝説や地名や歌、登場するお店の住所までさまざまです。文庫版の場合、なんと1冊の3分の1くらいを注釈が占めています。

たまたまダブリンにいる私ですが、ユリシーズやその注釈を読んでいると必然的に、よく歩いている道、こちらに来てから食べたもの、聞きなれた人物名などを目にすることになります。一方で、どこかもわからない場所、今ではまったく様子が違いそうな建物、見かけたこともないような食べ物などもたくさん出てきて、物語だけでなく、アイルランドの土地や文化に対する興味関心が生まれてきます。

おそらく土着の人がある種の愛をこめて言うことだと思うのですが、ダブリンは「Dirty Old Town」と表現されたりする、小規模な都市(町)です。そしてアイルランド共和国は全体でも北海道と同じくらいの人口が住んでいる小規模な島国です。快適に暮らすためのインフラやテクノロジー、丁寧なサービス、安くておいしいレストラン、世界中から届く多種多様な物資など、手に入らないものも多くあります。

小さなフラストレーションが積もって、何かの拍子に「隣の芝が青い病」を発症したとき、健全な状態に立ち直るには、視点を変えたり自信を持ったりすることが大切のような気がします。そういう意味で、もう私はすでに何度か『ユリシーズ』に助けられてきました。そんな時はいつも以上に、この小さくて分厚い本に手が伸びるのです。近代の名著の舞台にいるということが、時々、思いのほか心を支えてくれているように思います。


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