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『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』

きっかけ:会社の大先輩(池内さん)から本をもらった
読んだ日:2021年5月
オススメ:社会学的かつ経済学的、結論は神秘的な本です。本は読む時期によって与えるものが異なりますが、今回は啓蒙書として自分の中に入ってきた

※結論(沖縄から貧困をなくすための理由)はあえて書いていません。自分でも実践してみようと思い、恥ずかしくなったからです。

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沖縄の現実

沖縄は、日本の教育問題が凝縮する地域。高校、大学進学率、中途退学率、学力、就職率、高卒、大卒無業者率、高卒、大卒者の離職率、不登校小中学生、暴力行為発生件数、いじめの認知件数、教員病休率、刑法犯の少年割合、再犯率・・・・沖縄の教育関連のあらゆる指標は全国で最低水準を示している。教育の現場では日常的に、学力不足、定員の未充足、退学、奨学金の滞納、教員の休職等々・・・・数々の問題に直面することになる。

沖縄とは見かけとは全く異なる社会かもしれない。理解しているよりも奥深いものがある。しかし、沖縄人はそのことを表現したり、議論を闘わせたりしないのだ。物事を論理的に突き進めたりすることを嫌うため、なおさらである。行動の多くは自覚がない(無意識)ためアンケートやインタビュー、フィールドワークで本質を抽出することは難しい。そこで筆者がしたことは、できるだけ多くの人と、できるだけ深く、できるだけ長時間、「心の会話」をすることだった。筆者は日曜祝祭を除くほぼ毎晩(現在は水〜土曜日の毎晩)、午後8時半頃から午前2時前後まで、那覇市の繁華街・松山の「ある店」にいる。この店で普段は接点が生まれそうにない人々の話に16年間耳を傾けてきた。

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基地依存度「5%」の真実

1972年、沖縄は日本に復帰した。現在、沖縄の「基地関連収入」は県民総所得の「5%」程度まで縮小し、現在の沖縄経済はほとんど米軍基地に依存していないという議論が存在する。
「基地関連収入」は一般に、

①軍用地料
②軍雇用者所得
③米軍等への財・サービスの提供

の合計額と定義されている。これには、沖縄に米軍基地が集中していることの「見返り」として提供されてきた有形無形の補助金、税制優遇、観光プロモーション、政治的配慮による数々のイベントやプロジェクトの一切はカウントされていない。普天間基地の辺野古移設に対する事実上のバーターとして沖縄に提供される一括交付金など、年間3000億円を超える沖縄関連予算は、あくまで沖縄「振興」予算であって、「基地」関連経済ではないという建前になっている。 
沖縄の経済発展には、ことごとく基地経済と援助の影がつきまとう。もし、1995年の基地反対運動が熱を帯びていなかったら、普天間飛行場の移設問題が、浮上していなかったら、

・2000年のサミットは沖縄で開催されていただろうか
・首里城は世界遺産になっていただろうか
・新2000円札の表紙は守礼門だっただろうか
 (そもそも2000円札は発行されていただろうか)
・沖縄自動車道や那覇空港は今ほど整備されていただろうか
・沖縄のリゾート価格帯は、現在のような水準だっただろうか
・那覇空港の発着便は、現在の水準にまで激増しただろうか

あらためて、基地依存型経済の規模は「5%」なのだろうか。筆者の乱暴な見積もりでは25%前後が順当な水準ではないか、とされる。
しかし不可解なのは、これだけの経済援助を受け、「経済発展」を遂げている沖縄が、日本最大の貧困社会だということだ。(経済援助は、やり方によっては、貧困を解消するよりも増幅させる可能性がある)

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沖縄の貧困問題は、経済的な問題(所得の低さや非正規雇用者の圧倒的な多さ)だけに限らず社会的な要素もある。沖縄は、デキ婚率、若年結婚率、若年出産率、離婚率がそれぞれ全国一位だ。早すぎる出産は、若い親たちから高等教育の機会を奪い、生涯賃金を大幅に引き下げ、貧困の連鎖をうむ。
しかしながら、社会問題(貧困問題)への対応が検討されると、ほぼ確実に陥るパターンが存在する。それは、原因療法ではなく対症療法が圧倒的に優先されるということです。例えば、沖縄の子どもの貧困問題で、現在までに提案されている「問題解決」は、教育費用の援助、給食費の無料化、子ども食堂、ソーシャルワーカーの充実、母子家庭の生活支援施設の設置や公共住宅への優先入居制度、子どもの居場所作りのための児童館の設置など。これらは貧困を緩和するかもしれないが、決して解決はしないのではないか。モグラ叩きとモグラの根絶が違うのと同様に、貧困に対処することと貧困の治癒は別の概念である。

それにも関わらず、対症療法が重要視されるのは以下の理由が考えられる。

①対症療法は、現実に症状を和らげるから。瞬間的な苦しみからの解放。
②貧困を目にしたら資金援助したくなるのは人情だから。
③対症療法は評価されるから。短期的な成果は評価されやすい。
④対症療法は分かりやすいから。反対する人がいなく実行しやすい。

実は、対症療法に反対する理由が存在しないということが、対症療法の最大の問題なのだ。対症療法は、成果がはっきり目に見える。その一方で、副作用は非常に分かりにくい。短期的な見えやすい支援が、援助に依存して自律心を失ってしまうことは気づきにくい。対症療法で目に見える(短期的な)成果をあげた人は、評価されて次のポジションへと昇進していく。後任者がその地位についたところで、「形を変えた問題」が発生する。それは、前任者の対症療法が原因となって引き起こした「副作用」だ。対症療法で成果を上げている人たちは、目に見える直接の因果関係に原因があると思いがちだが、多くの場合、原因は症状とは全く別のところに存在する。その原因を解消しなければ本当の問題解決にはならないはずだ

沖縄から貧困がなくならない本当の理由

沖縄の従業員の所得が低いのは、沖縄の経営者が給料を十分に支払わないからだ。しかし、従業員にも生産性を高めるために頑張るリーダーをありがた迷惑だと感じるようなところがある。経営者は、そのことをよくわかっているから、あえて生産性を高めようとは考えないし、無理をして、従業員に多くの報酬を支払おうとも考えていない。仮に、変革を試みる経営者がいたとしても、困難で報われない仕事になる。従業員は、収入を高めることを重要視していないし、自分の能力を高めたり、環境を改善しようとする意欲に乏しい。自分にとって不都合な環境であっても現状維持を望みがちだ。
従業員が昇給を避け、消費者が無批判に同じものを買い続ける。現状維持を強く望むウチナーンチュの性向が、沖縄社会を経済的に固定化し、沖縄企業の収益力を安定的に支え、本土企業に対する強固な参入障壁を作り出してきた。その結果、沖縄企業は、本土企業に対して異様に強い力を発揮している。その結果、労働者はいつまでもたっても、日本最低基準の賃金で働き、貧困は拡大し、子どもたちの将来に暗い影を落としている。
沖縄企業が無敵であるにもかかわらず、なぜ貧困が生じているのか?という問いは、やはり問い方が間違っている。沖縄の貧困が(沖縄の低所得者が)沖縄企業を強固に支えているのだ。極端に言えば、沖縄の社会構造の中では、(悪意なく)変化を止め、(無意識のうちに)足を引っ張り、個性を殺し、成長を避けることが「経済合理的」だったのだ。

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