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学習指導要領を知れば社会の潮流が見えてくる

きっかけ:チームメンバーから「教育について知りたいなら」と勧められ
     た。著者の合田さんは、そのチームメンバーの元上司らしい。
読んだ日:2021年2月
あなたに:教育関係者におすすめです。子どもたちにどういった能力が求め
     られているのか、社会の流れも踏まえて知ることができます。教
     育系で企業を考えている人にとっては、事業の指針やミッショ
     ン・核が得られる必読書となるかと思います。
※私は知識として興味のある部分、ほんの一部しか紹介していません。個人的には官僚に対する見方が良い方向に変化するきっかけとなった本でした。ぜひ、興味が湧いた方は、原本を読んでみてください。

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■はじめに
「教育課程行政」という言葉があります。「教育過程」とは、「学校教育の目的や目標を達成するために、教育の内容を生徒の心身の発達に応じ、授業数との関連において総合的に組織した各学校の教育計画」であり、①学校の教育目標、②年間の指導計画、③授業時数の配当(時間割)の3つが重要な要素です。一方、「行政」とは、国民の代表で構成された国会(地方自治体においては、住民から直接選挙される首長と議会)によって決定された公共政策を実行するための活動です。したがって「教育課程行政」とは、国民や住民の意思である法律や条例、予算などに従って、学校における教育課程の編成やその実施を支えるための文部科学省や教育委員会などの活動であり、その教育課程行政において最も重要な役割を果たしているのが、教育基本法や学校教育法といった法律に基づき、各学校における教育課程の全国的な基準として、文部科学大臣が定めている「学習指導要領」です。

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(写真は朝日新聞デジタルより拝借した工藤勇一先生の写真)
この教育課程行政において留意しなければならないのは、現在千代田区立麹町中学校長の工藤勇一先生が指摘しているように、何が目的で、何が手段かを混同して目的を見失うことにより、手段を目的化してはならないということです。「学習指導要領は、あくまでも、国が定める教育課程の大綱的な基準にすぎません。教科書を使って授業を行っていますが、子どもの状況に合わせて、内容を加えて教えたり、教材を工夫して教えたりすることはいくらでもできるはずです。確かに北海道から沖縄まで、全国すべての自治体において、子どもたちが学べる内容を保証することは大切です。しかし、一方で学習指導要領の存在が、学校をどこか窮屈にしている感じます。この背景には、私を含め校長や教員が『考える』ことをやめてしまったことにあるのではないでしょうか」という工藤先生の指摘はそのとおりで、学習指導要領改訂を担当していた者として、この窮屈さをなんとか払拭したいと思っています。
教育関係の仕事、特に学校と連携して事業をしたいという人にとって、教育基本法は一読は必須のものです。教育基本法においては、学校教育や社会教育などを含めた広い意味での教育の「目的」(第1条)と「目標」(第2条)を定め、また、義務教育の「目的」を規定しています(第5条第2項)。
例えば、教育基本法第1条(教育の目的)は以下のようになっています。

教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

教育基本法を踏まえて、学校教育法は各学校種の目的と目標をそれぞれ規定しています。学校教育法は「小学校の教育課程に関する事項は、第29条及び30条の規定に従い、文部科学大臣が定める」(第33条)と規定しています(中学校や高等学校も同様)。この規定により、文部科学大臣が、法規としての性格を有するものとして、教科等の目標や内容などについて必要かつ合理的な事項を大綱的に示した教育課程の全国的な基準が、「学習指導要領」です。したがって、学校が教育課程を編成し実施する際に、「学習指導要領」に示している内容はすべての児童・生徒に確実に指導しなければなりません。他方、学習指導要領は、教育基本法や学校教育法に規定された学校教育の「目的」を実現するための具体的な手立てや手段を定めた「大綱的基準」です。学校や教師は、学習指導要領が示したもの以外の内容を加えて指導したり、単元のまとまりを見通して特定の内容に思い切って重点を置いて指導したり、児童・生徒の実態に即した創意工夫が可能であり、効果的な教育活動にとってこの創意工夫が重要であることはもちろんです。
さらに、文部科学省に申請することにより、学校や地域の特色を生かしたり、不登校の児童・生徒に配慮したりした特別の教育課程を編成して実施することもできます。(学校教育法施行規則第55条の2〈教育課程特例校〉、第56条〈不登校児童生徒特例校〉)

■学習指導要領の変遷
この本では1958年からの学習指導要領の変遷が主要な点を基にまとめられています。社会情勢が濃く反映されていてどの時期の改訂も面白いのですが、このnoteでは前回の平成20年(2008)年改訂から紹介したいと思います。それまでの学習指導要領や教育課程行政の検証を踏まえ、平成10年(1998)年改訂について、

①「生きる力」の必要性や意味について、文部科学省(文部省)による趣旨の周知・徹底が十分でなく、関係者間で共通理解がなされていない、
②「教え込みはいけない」「教師は指導者ではなく支援者である」といった考え方のもと、学校における指導において、子供の自主性を尊重するあまり、教師が指導を躊躇する状況がある、
③平成10年(1998年)の学習指導要領改訂において総合的な学習の時間を創設したが、この総合的な学習の時間の時数確保と学校週5日制の完全実施への対応のために、教科の体型性や系統性を損なう無理のあるかたちで各教科の教育内容の厳選を行ったこともあり、総合的な学習の時間と各教科との適切な役割分担と連携が十分に図られていない。
④教科において、基礎的・基本的な知識・技能の習得とともに観察・実験やレポートの作成、論述といった知識・技能を活用する学習活動を行うことが求められているにもかかわらず、教科の授業時数が十分ではない。
⑤学校教育における子供たちの豊かな心や健やかな体の育成について、家庭や地域の教育力が低下したことを踏まえた対応が十分ではない、

という5点にわたる課題があったことを明確にしました。中教審が時代を切り拓くために必要な資質・能力を「生きる力」と表現したのは、平成8年(1996)の答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」でした。OECDは、その資質・能力を測るためにテスト理論やデータ分析などの専門家を交えてPISA調査という学力調査を構築していったのに対し、日本は平成10(1998)年改訂に向けて教育内容の厳選の議論を重ねました。指導内容を増やすことに比べ、減らすことはどのような考え方に基づいて減らすのか思想が問われる作業なので難しかったと筆者は書いています。
平成29(2017)年改訂に関する中央教育審議会答申(平成28年12月21日)も、「これまで社会や経済の量的拡大に支えられてきた我が国が、質的な豊かさに支えられる成熟社会に向かう中で、20代の若い世代の多くも、新しい時代にふさわしい価値観を持って、地域や社会を支え活躍している。現代の20代の若者たちについては、他の世代に比べ、働くことを社会貢献につなげて考える割合が高いとの調査がある。また、情報機器等を活用して繋がりを生み出すことが得意な世代であるとの指摘もある。一部には『ゆとり世代』などと一くくりに論じられることもあるが、これらの世代の活躍は、社会や経済の構造が急速に変化する中で、自らの生き方あり方を考え抜いてきた若者一人一人の努力と、学習内容の削減が行われた平成10年改訂の実施に当たっても、身につけるべき知識の質・量両面にわたる重要性を深く認識しながら、確かな学力のバランスのとれた育成に全力を傾注してきた多くの教育関係者や保護者などの努力の成果であると言えよう」と指摘しています。
平成29(2017)年改訂は、AIの飛躍的進化、Society5.0、第4次産業革命といった言葉が未来社会を語るキーワードとなり、「AIが進化して人間が活躍できる職業はなくなるのではないか」「今学校で教えていることは、時代が変化したら通用しなくなるのではないか」といった社会的な議論のなかで行われました。しかし、 AIは、明確な定義とデータがある状況のもとでは抜群の威力を発揮しますが、逆にデータがなく曖昧な環境下では「解なし」と答えざるを得なくなります。子どもたちはAIが「解なし」と答えた時にその力を発揮しなければなりません。それは、情報の意味をしっかり理解して考えて対話したり、曖昧でデータがない状況においても他者と協働して判断したりできることこそ「人間としての強み」です。

■平成29(2017)年改訂の4点のポイント
・ポイント1
各教科の教育内容を維持しつつ、教科等を、①知識及び技能、②思考力、判断力、表現力等、③学びに向かう力、人間性等、の三つの柱で再整理したことです。(以下、例)

【(小学校国語の「第1 目標」】
(2)日常生活における人との関わりのなかで伝え合う力を高め、思考力や想像力を養う。
【小学校社会の「第2 各学年の目標及び内容」第6学年「2 内容」】
(2)イ世の中の様子、人物の働きや代表的な文化遺産などに着目して、我が国の歴史上の主な現象を捉え、我が国の歴史の展開を考えるととともに、歴史を学ぶ意味を考え、表現すること。


・ポイント2
第二は、「主体的・対話的で深い学び」の観点から、これまでの教育実践の蓄積を踏まえて授業を見直し、改善することを学習指導要領に位置づけたことです。総則において主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善が規定されるとともに、各教科の「指導計画の作成と内容の取扱い」においてそれぞれの教科の主体的・対話的で深い学びの実現のためのポイントが記載されています。(以下、例)

【小学校学習指導要領 第1章 総則 第3 教育課程の実施と学習評価】
(一部抜粋)児童が各教科等の特質に応じた見方・考え方を働かせながら、知識を相互に関連付けてより深く理解したり、情報を精査して考えを形成したり、問題を見いだして解決策を考えたり、思いや考えを基に想像したりすることに向かう過程を重視した学習の充実を図ること。

・ポイント3
第三は、カリキュラム・マネジメントの確立を学習指導要領に位置づけたことです。学校におけるマネジメントとは、ヒト・モノ・カネ・時間・教育内容といった資源を効果の成果の最大化のために再配分することですが、学校全体として、教育過程について、①教科等横断的な視点を踏まえた教育内容や時間の適切な配分、②実施状況の評価に基づく改善(PDCAサイクルの確立)、③必要な人的・物的体制(ヒト、モノ、カネ)の確保と配分といった「カリキュラム・マネジメント」を確立することが重要であり、この点を明記しています。

【小学校学習指導要領 第1章 総則】
第1 小学校教育の基本と教育課程の役割
4 各学校においては、児童や学校、地域の実態を適切に把握し、教育の目的や目標の実現に必要な教育の内容等を教科等横断的な視点で組み立てていくこと、教育課程の実施状況を評価してその改善を図っていくこと、教育課程の実施に必要な人的又は物的な体制を確保するとともにその改善を図っていくことなどを通じて、教育課程に基づき組織的かつ計画的に各学校の教育活動の質の向上を図っていくことに努めるものとする。

・ポイント4
第四は、「社会に開かれた教育過程」という理念を明確に位置づけたことです。

【全文】
教育課程を通じて、これからの時代に求められる教育を実現していくためには、よりよい学校教育を通してよりよい社会を創るという理念を学校と社会とが共有し、それぞれの学校において、必要な学習内容をどのように学び、どのような資質・能力を身に付けられるようにするのかを教育課程において明確にしながら、社会との連携及び協働によりその実現を図っていくという、社会に開かれた教育課程の実現が重要となる。

ここには未来社会はあらかじめ用意されている、すでに「ある」ものではなく、目の前の子供たちが「創る」ものという意味がこめられています。

■「アクティブ・ラーニング」と「主体的・対話的で深い学び」
「アクティブ・ラーニング」という言葉が中央教育審議会で初めて使われたのは、平成24(2012)年8月にまとめられた「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて(答申)」です。当初は、魅力のない大学の授業を活性化するという高等教育、大学教育の文脈で使われ始めました。
さらに、先生が子供たちへの指導法を自分自身の判断で選択することなく、特定の「型」だけに依存するのは避けるため、平成29(2017)年改訂に関する中教審答申(平成28年12月21日)は、アクティブ・ラーニングという言葉から生じる誤解を避けるため、「主体的・対話的で深い学び」と丁寧に表現し、整理しました。
この答申を踏まえ、学習指導要領の総則において、以下の規定が置かれました。そのポイントが本書にはまとめられています。

【小学校指導要領】
第1章 総則
第3 教育課程の実施と学習評価
1 主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善(ポイント①)、各教科等(ポイント②)の指導に当たっては、次の事項に配慮するものとする。
(1)第1の3の(1)から(3)までに示すことが偏りなく実現されるよう、単元や題材など内容や時間のまとまりを見通しながら(ポイント③)、児童の主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善を行うこと。特に、各教科等において身に付けた知識及び技能を活用したり、思考力、判断力、表現力等や学びに向かう力、人間性等を発揮させたりして、学習の対象となる物事を捉え思考することにより各教科等の特質に応じた物事を捉える視点や考え方(以下「見方・考え方」という。)が鍛えられていくことに留意し、児童が各教科等の特質に応じた見方・考え方を働かせながら(ポイント⑤)、知識を相互に関連づけてより深く理解したり、情報を精査して考えを形成したり、問題を見いだして解決策を考えたり、思いや考えを基に創造したりすることに向かう過程を重視した学習の充実(ポイント⑥)を図ること。

この規定には、次の6つのポイントが明確に示されています。
ポイント①は、主体的・対話的で深い学びの実現のための授業改善が、「活動あって学びなし」と批判される授業に陥ったり、特定の教育方法にこだわるあまり指導の型をなぞるだけの授業になってしまったりすることへの危惧を踏まえ、主体的・対話的で深い学びとは特定の指導方法やその「型」を意味しているのではなく、授業改善の視点であることが明確に位置づけられています。
ポイント②では、主体的・対話的で深い学びの実現のための授業改善の主たる場面は、総合的な学習の時間だけではなく、むしろ各教科等における言語活動や探求活動、表現や鑑賞の活動といった学習活動であることを明確にしています。
ポイント③は、単元といった内容のまとまりの重視です。主体的・対話的で深い学びは1単位時間の授業のなかですべてが実現されるものではなく、単元や題材のまとまりのなかで実現されていくことが明確に規定されました。単元といったまとまりのなかで、習得・活用・探求といった学習活動をどう配慮し、組み立てて授業改善を行うかの視点が主体的・対話的で深い学びです。
ポイント④は、主体的・対話的で深い学びの具体的な在り方は発達の段階かや子供の学習課題等に応じてさまざまであることから、基礎的・基本的な知識・技能の取得に課題が見られる場合には確実な習得を図ることが求められることです。主体的・対話的で深い学びの実現のための授業改善は、授業方法の型の改善自体が目的ではなく、一人ひとりの子供たちがアクティブ・ラーナー(主体的な学び手)へと変容を遂げることが目的です。そのために必要な知識の体型的な習得が「アクティブ」ではないとの理由が忌避されることがあってはなりません。
ポイント⑤、主体的・対話的で深い学びの実現のための授業改善を行うに当たって、それぞれの教科等に固有の「見方・考え方」が重視されていることです。後述するように、我が国の学校教育が大事にしてきたそれぞれの教科固有の見方・考え方とは、たとえば、歴史の学びについては歴史を因果関係で捉えたり。比較や相互作用で考えたりすることであり、この歴史的な見方・考え方に基づいて、「何を契機に、相互の関係はどのように変化したのか」といった問について自分なりに考え、探求することが深い学びにつながります。この見方・考え方は、各教科等の学習のなかで働くだけではなく、大人になって生活していくに当たっても重要な役割を果たしています。平成29(2017)年改訂においては、学校の学びと社会を架橋している見方・考え方を各教科等における深い学びの鍵として位置付けました。
ポイント⑥にある「知識を相互に関連付けてより深く理解」する、「情報を精査して考えを形成する、「問題を見いだして解決策を考える」、「思いや考えを基に創造」するといった学びは、経験豊富で力量の高い教師にとっては担当する教科の単元ごとに具体的な学習活動が頭に浮かぶ「当たり前」のことでしょう。このように、主体的・対話的で深い学びは、我が国の学校教育が重視してきた学びの意味を学習指導要領において可視化・明確化したものです。

プレゼンテーションやディベートといった授業の「型」を変えること自体を目的をしたものではなく、単元というまとまりのなかで先生方がどう授業を組み立てていくのかという戦略自体が主体的・対話的で深い学びの実現のための授業改善だと申し上げることができるでしょう。

本書には、「学校の働き方改革」や「高校と大学の一体改革」などについても説明がなされています。教育から社会の潮流がわかる、いい本でした。


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