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終の集いし月の終3 2021.-2021.6

Twitter上にて月の終わりに連載している140字小説。2020年1月から、2021年12月まで連載予定。

ここでは第十三話から第十八話までを掲載しています。

【第十三話:2021/01/29】

 祖父の代から続くカフェだった。男は更地になった土地を見やる。地元の人に愛されていた。だが、それだけではこの不景気を乗り越えることは出来なかった。白い息を吐き、通行人が横切る。彼らは更地を見て、言った。ここ、何があったけ。本当に終わってしまったのだと、男は悟る。その頬に涙が伝った。

「店が閉店する。その時は何かしらの感慨を覚えるのに、更地になってしまえば案外何か思い出せない。あなたも心当たりがありませんか? 人々に忘れられた時、その店は本当の終を迎えるのかもしれませんね。それではまた、来月の終の金曜日にお会いしましょう」

【第十四話:2021/02/26】

 仕事を辞め、東京から逃げ帰った僕を待っていたのは居心地の悪い実家だった。両親は困惑していた。僕を持て余していた。罪悪感で息苦しい。死のう。そう思った。踏切、後ろからの声、振り返る。そこには君。公園のベンチ。僕の話。君の言葉。
辛かったね。
その一言で僕の孤独は終わりを告げた。

「……。孤独が終わった。それは本当なのでしょうか。孤独には果てがない。たった一言で救われるものなのでしょうか。いや、だけど、あの時は、あの時は、確かに――。失礼しました。独りごとです。それでは、また来月の終の金曜日にお会いしましょう」

【第十五話:2021/03/26】

 何時間もかけて練られた文書も、思いを込めて描かれた絵も、たった一瞬で消えた。反応しなくなったメモリ。中は空っぽ。持ち主は絶望している。その一方で多大なデータたちも絶望している。世に出される前の彼らは、誰の目にも止まらなかった。それは、無と変わらない。この終わりは、何も残さない。

「だからバックアップデータをとりましょうね、なんてあまりにお節介ですね。ですが、バックアップがとれないメモリもありますよね。あなたの脳です。安易に消えないでくださいね。あなたに宿るデータたちのためにも。それでは、また来月の終の金曜日にお会いしましょう」

【第十六話:2021/04/30】

 数年ぶりに開いたメールボックスに数件の新着メッセージがあった。送り主は高校時代の親友だった。文面は、また遊びたい。それは半年ごとに届き、二年前に途切れていた。返信を送ってみる。そのアドレスはもう使われていなかった。知らぬ間に失われた大切なつながり。彼女の頬に後悔の涙が伝った。

「どれだけ仲良くしていても、案外、アドレスやSNSしか連絡先を知らない。よくあることでしょう。それが消えてしまえばそこで終わり。人はただの英数字と記号の組み合わせで繋がっている。とても、儚いものですね。それでは、また来月の終の金曜日にお会いしましょう」

【第十七話:2021/05/28】

 昔から何かが欲しかった。僕には何もなかった。やる気も、夢も、欲しいと思うものも。ただ、命を浪費していくだけの毎日だった。劣等感を覚えていた。だから、なりふり構わずそれを探した。だけど、見つけた。僕が名を呼び、君が振り返る。浮かぶその笑顔。僕の中の空虚は溶けだし、終わりを告げた。

「空虚が埋まった。そうじゃなかった。溶けて、なくなった。僕の中に氷のように居座っていたそれが、あの温かさで。それがどれだけ幸福で、どれだけ危ういことか、考えることすらできなかったのでしょうね。それでは、また来月の終の金曜日にお会いしましょう」

【第十八話:2021/06/25】

 音楽プレーヤーが壊れた。男は反応しない電源を何度も押す。最近はスマホで音楽を聴いていた。それにはもう随分触れていない。手のひらサイズに千曲もの音楽。何度だって聴いた。だが、千曲全てを覚えているはずがない。もう一生思い出せないものもあるだろう。そんな音楽たちが彼の中で終を迎える。

「何度繰り返しても、どれだけ多くの時を共に重ねても、いつかは終わりが来る。いつかは忘れてしまう。そんなはずがないと、あなたは言うかもしれません。私だってそう言いたい。だけど、真理は覆らないのです。それでは、また来月の終の金曜日にお会いしましょう」

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