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絶対ダメ、だけどどうしようもなく愛おしい僕らの居場所『みどりいせき』〈レビュー〉

すばる文学賞、通称すば文の授賞式の動画がバズりにバズっていて、絶対に読むと決めていた。先日会った友人は、「あの人気になってる、歓なんとか……ラッパーみたいな人」と言っていた。

大田ステファニー歓人さん、通称ファニーちゃんは、手製のラップでパートナーのかおりんさんへの愛を歌い、世界平和を願う。最強ギャルだけど決してなまやさしくない言葉選びの端々から、勝手な印象かもしれないけれど、これまでぶつけて滲ませてきたであろう血のにおいが立ちのぼる。

大田ステファニー歓人『みどりいせき』(集英社) 2024年2月5日単行本発売

『みどりいせき』。純文学のデビュー作としてはかなり長い部類じゃないだろうか。でも、文体に慣れればストーリーはまっすぐに進むので読みやすい。一応この文章は未読の方向けに書くので、どこまでネタバレするか悩みどころだけれど、帯に書いてあることくらいは言っていいんじゃなかろうか。

ひとまず、序盤のところから文体のサンプルを。

このまんま春にサインを拒まれ続けたんなら、ピンとのびたぼくの人差し指と中指はムキんなって、まじで地面に突き刺さっちゃうかもしんない。

地の文がファニーちゃんの口調そのままなので、ファニーちゃんちっくなギャルい主人公なのかと思いきや、どうやら彼は不登校スレスレで友達もあまりいない“陰”の者らしい。しかもわがままボデーときている。こういう、ビジュアル的に冴えない人物が冴えないままに主役になれるのが、小説のいいところです。

彼が、かつてバッテリーを組んでいた「春」に再会して巻き込まれていくのが、本書帯によると「怪しい闇バイト」。まあ……お察しの通りである。

でも読んだ印象としては、バイトというよりももっとこう、生活や人間関係そのものに近い感じ。誰もお金のためにやっていない。やってることは絶対ダメなんだけど、その日々が登場人物たちの居場所(でなければバイブス?グルーヴ?)を形づくっている。

小説は合法なのでね。純文学の醍醐味は、ストーリー展開のみならず、その自由な文体に乗って、体ごと作品世界を体感できること。この小説なら合法でやばいもの食って、トべます。主人公が初心者なので、楽しいことばかりでもないのだけれど。

体を覆うこの不思議な熱を心臓が全身へ循環させるせいで、鼓動のたんびにじんじんと頭が風船みたく膨らんでく。顔までのぼってきた熱が口だけじゃなくて目ん玉も乾かし、まぶたを開けてらんないくらい白目がしょぼしょぼんなる。学校へ行かずに二度寝する時のまどろみを強烈なまでに増幅させたみたいな眠気に体が重たくされ、そのまま地中へ沈みそうんなる。

この体感覚よ。

容赦なくビビッドで、だけれどまとまらないで、いろんなものをガラガラジャラジャラいわせてズルズル歩いていくみたいな意識。主人公はどうやら余計なことばかり頭の中でしゃべっているらしい。もちろんひとりごとだ。実は、彼が口からしゃべる言葉は全然ギャルじゃない。

詳しいことは話せないけれど、この小説はまずとんでもないところまで連れて行ってくれて、痛い思いもたくさんしますが、読後感はほんのりと切なくてあたたかい。個人の感想です。登場人物が憎めないやつばかりなのがまたいい。みんな大好きになっちゃう。

何度も言うけれど、小説は合法。不登校一歩手前でも、わがままボデーでも、やばいことしてても、この本のバイブスの中には彼らの居場所がある。そこってきっと、社会の中でははじかれてしまうような、でも誰の中にでもある、どうしようもない、本当の何かがある場所。

みんなで煙吸って、誰かがしんみりしたり熱くなったりしているのを、別の誰かが「深いとこ行っちゃってる」と言って普通に受け入れるようなの、いいなあと思ってしまった。その時しゃべっていることがどんなに本音でも、しらふの場ではそんなふうに受け入れてもらえないだろうから。や、現実でやっちゃダメなんですけどね。

あと、リスケとかスプラとかそれからコロナもか、現代語モリモリの文章を注なしで読める世代だというのがシンプルに嬉しい。音楽もいくつか出てくるのだけれど、私は洋楽に疎いので、SZAだけギリ知っていた。嬉しい。

二宮健監督が映画化しないかな……(チワワちゃん……)。

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