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灰の境界線~第九話~

 廃墟都市の北に『ミモレット』という名の武器屋がある。そこでは、エクソシスト御用達の武器を生産し販売している。
 アルマはクラウンを連れてミモレットにやってきた。
 重たい鉄の扉を開け、中に入ると、まず目に着くのは天井。おびただしい武器が吊り下がっている。メイスのような原始的なものから、銃といった現代兵器まで、ありとあらゆる種類が揃い、壁をも埋め尽くしている。
 その部屋の中心で、金髪を纏めあげた女が一人、今から剣になろうという鉄の塊を叩いていた。

「エミリ、久しぶり」

 アルマの挨拶に、女が顔を上げる。エミリは手を止めると、口を覆っていた布を取り外し、明るい笑顔でアルマを見た。

「アルマ! 久しぶりね! 元気に悪魔退治してた?」
「ちょっと武器を買いに来たんだ。私のじゃないけど」
「あら、そうなの?」

 アルマは、呆然と部屋の中を見ているクラウンの腕を引っ掴んで、エミリの前に出した。

「こいつ、ちょっと訳あって悪魔崇拝者に狙われてるんだ。それで護身用の武器を持たせようと思って」
「そうなの? ってことは、彼もエクソシスト?」
「いや、一般人」
「うっそー! 最近の悪魔崇拝者って一般人にも手を出すの? ヤバ~」

 クラウンは複雑そうな顔をしている。

「ていうことは、武器はノーマル? 聖武器は要らない?」

 エミリからの質問に、アルマは悩んだ。

「そうだな、悪魔崇拝者はあれでも人間だから、聖武器じゃなくても……」

 そう呟きかけたところで、頭上から声が響く。

『いや、聖武器は必要だろう』

 ハッ、と顔を上げる。天井の武器に、一羽の蝶が張り付いている。ベルゼブブの蝶だ。

『悪魔にも狙われているのだ。聖武器も持たせた方がいい。だが、対人用の武器も必要だ。両方、調達しろ』

 確かに、と納得して隣を見る。クラウンにも聞こえたのか、黙って頷いた。
 アルマはエミリに顔を向ける。

「いや、聖武器と対人用。2本買うよ」
「2本ぽっちでいいの? いっぱいあるわよ?」

 目を輝かせながら話すエミリに、クラウンは呆れた。

「そんなに持っても、使いきれなきゃ宝の持ち腐れだろ」
「それもそうね。どれにする? 対人用なら銃もあるけど。剣のがいい?」

 エミリは奥に進んで、壁にかかる武器を見せた。
 クラウンは軽く見渡して、様々ある中からロングソードに目をつけた。

「これ、対人用?」
「それは対悪魔用、聖武器よ。見た目は重そうだけど、軽いわよ。長時間、聖水に浸して作ったから、上位の悪魔相手にも通用すると思うわ」
「ふーん、なるほど」

 剣を手に取る。青の装飾が施されていて、確かに見た目ほど重くはない。クラウンは少し振り回してみて、その扱いやすさに頷く。

「聖武器はこれにする」
「いいわよ。対人用はどうする?」
「……銃にしとくか」
「いいわよ。剣がそれなら、スタンダードなのがいいわよね。ライフル以外でいいやつ、あったかしら……」

 ゴソゴソと、素材が散らかった床を漁り出す。その様子を後目に、アルマはクラウンに近づいた。

「剣の心得はあるのか?」
「ない。まぁ、あの女に教えてもらうさ。銃は、昔、ちょっとだけ触った……スラム街に住んでた頃に」

 不意に、エミリが「そういえば!」と声を上げて、アルマに振り返った。

「あなた、トルソと会ってる?」
「トルソ? 最後に会ったのは、一週間くらい前かな……」
「3日前にね、武器の交換に来たのよ。なんだか酷く疲れた顔してたわ。友達なんだから、ちゃんとお話聞いてあげるのよ」

 アルマは、最後に会った時のトルソを思い出す。笑顔で別れたはずの彼女が、傍目から見ても疲れた顔していたという事は、何かあったのだろうか、と心配になった。
 そういえば、彼女には居場所を変えたことを伝えていなかった。一度会って教えないと。
 そうと思っていると、エミリは武器を見つけたようで、クラウンに手渡した。随分と古い銃だった。

「ごめん、対人用のやつ、それしかなかったわ。後日しっかりしたの作るから、しばらくそれで我慢してね」
「マジかよ。まぁ、仕方ないか」

 受け取った銃を上着のポケットに入れる。
 エミリは笑顔で両手を出す。

「26000ゴルね」

 げっ、と顔を歪ませて、クラウンはしばらく悩んだが、渋々と懐から金を取り出して渡した。

「ありがと~!」

 心底嬉しそうに、金をしまいにいく彼女の背に、クラウンは呟く。

「高ぇな……」
「仕方ない。聖域都市から聖水を貰えるのはエミリだけだから、金額も高いんだ」
「……聖職者なのか?」
「彼女も”元”だよ。まぁ、ご両親が未だに聖職者だから、そこから横流ししてもらってるとか」
「それ、いいのかよ」
「良くないけど、エミリのご両親、金持ちだから……」

 金で物言わせてるってことか、とクラウンは呆れる。
 笑顔のエミリが戻ってくる。すると、クラウンに何かを渡した。

「これ、お詫び」
「なんだ……羽?」

 薄く赤い羽根が一枚入った小瓶を渡される。
 エミリは驚いてクラウンの顔を見た。

「あら、あなた、この中身が見えるの?」
「えっ、あんたには見えないのか?」
「見えないわ。お母様から貰ったものなんだけど、悪魔とか悪魔崇拝者から身を守ってくれる”お守り”らしいわ。天使様のお守りだって言ってたけど、空っぽにしか見えないし、困ってる人にあげようと思ってたの。せっかくだし、貰って」

 ふふ、と笑顔で言うエミリに、クラウンは唖然とする。
 アルマも小瓶を見てみるが、確かに羽根が入っている。それが天使の羽根、ということなんだろうか。戻ったらガブに聞いてみよう、と思った。

 アルマとクラウンはエミリと別れ、廃墟都市の中を歩く。
 今日も小雨が降っている。この時期はよく雨が降るのがこの地域の特有だ。
 クラウンは買った武器を濡らさないように、マントの下に隠す。

「はぁ、とうとう武器を手にする日が来るとは。できれば戦いたくねーんだけどな」

 クラウンの小言に、アルマは振り返る。

「どのみちサタンと契約している以上、ずっと逃げるのは難しいだろうさ」
「とはいえ、今まで戦うのが嫌で情報屋をやっていたんだ。今更、戦い方を覚えろって言ってもな……」
「安心しろ。私も教えてやるよ」

 アルマは、彼を元気づけるつもりで言ったが、クラウンはますます顔を曇らせる。

「戦わなきゃ、救われねぇってか?」
「抵抗しなきゃやられるだけだ。お前だってそう簡単に死にたくないだろ」
「そりゃそうだが……ぶっちゃけ、俺は、お前らエクソシストみたいに、悪魔に詳しいわけじゃねぇ」

 そこで、ふとクラウンは疑問を口にする。

「お前は、元聖職者なんだろ。聖職者だった時は、悪魔についてとか、たくさん教わったのか?」

 アルマは苦笑いを浮かべた。

「うんざりするくらいにな。階級から特質まで、教えられることについては全部教えてもらったつもりだ」
「そうか。俺も、サタンやベルゼブブみたいな七大罪に関しては知っているが、他はあんまりってところだな」
「そこら辺も後で教えてやる。とりあえず、今は急いで戻ろう」

 段々と雨が強くなってきた。早く戻らなくては、と考えていると、離れた場所に何者かが立っているのが見えた。
 二人は足を止め、そいつを見る。強まる雨に霞んで、よく見えない。が、こちらに気付き、歩み寄ろうとしているのはわかった。
 アルマは警戒する。クラウンも、腰につけたばかりの剣に触れる。
 やがて、現れた姿に、二人は驚愕する。
 牙だらけの口に、額に角を生やした、騎士の恰好をした男。ただし、片腕はない。
 異形の騎士がにまりと笑う。

「見つけたぞ」

 騎士の剣が抜かれる。
 クラウンが叫んだ。

「悪魔だ!」

 アルマは即座に銃を抜き、乱射した。しかし、悪魔はそれを剣だけですべて叩き落した。
 悪魔は、剣を構い直し、アルマを見て確信する。

「お前が、天使と悪魔の契約者だな」

 アルマの中に焦りが沸き上がる。こいつは、自分を知っている。
 もう一度、銃を撃とうと照準を合わせるも、悪魔の方が早かった。巨体に見合わぬ速さで、クラウンとアルマの間に割り入り、剣を振り上げる。
 まずい、とアルマは最悪の結果を覚悟したが、剣が振り下ろされることはなかった。
 突如、悪魔の身体が吹き飛ばされたのだ。
 そして、割って入った者の姿に、アルマは叫ぶ。

「ベル!!」

 ベルゼブブが、腰に手を置いて仁王立ちしていた。
 悪魔は、吹き飛ばされながらも体勢を立て直し、地面に降り立つが、彼女の姿に驚いた。

「べ、ベルゼブブ様……」
「ボティス、お前まで召喚されていたとはな」

 ベルゼブブがその名を呼べば、悪魔ボティスは頭を垂れた。
 唖然とする二人に、彼女は告げる。

「こいつも、ゲーティアの悪魔の一柱だ。中でも、それなりの実力を持つ」

 ボティスが顔を上げる。

「まさか、ベルゼブブ様が契約されたのですか?」
「あぁ。そうだ」
「地獄の王であるあなた様が、人間と契約? 何故そのようなことを」
「お前が知る必要はない。お前は、私の契約者に手を出そうとした。私はそれに対し反撃しただけだ。お前も契約者との契約を果たさねばならないというのなら、私が何者かなどどうでもいいのでは?」

 腕を組み言い放つベルゼブブに、ボティスの目の色が変わる。

「……その通りです、ベルゼブブ様。私は、契約者との契約を全うするのみ」
「ならば、敵ということだ」

 ボティスが立ち上がり、身構える。
 アルマとクラウンも身構えたが、ベルゼブブは二人に言う。

「お前たちは行け。邪魔だ」
「え、でも」
「なに、最後の仕上げはお前にやってもらう。少し、遊んでやろうと思ってな」

 ボティスが動く。素早い動きでベルゼブブの背後を取ろうとしたが、それよりも早くベルゼブブは彼の腕を掴み上げ、地面に叩きつけた。地面が割れ、盛り上がる。
 ボティスの顔が苦悶に歪む。ベルゼブブは手を離し、その顔を踏みつけようとするも、ボティスは身を捩って避けた。彼の顔があった場所の地面が罅割れた。
 地震と見紛う衝撃に、アルマとクラウンは立っているのが精いっぱいだった。
 ベルゼブブが動く。両手を広げると、彼女の足元から黒い物が姿を現す。どろどろとした身体、ギラギラと見開いた目、口には鋭く歯並びの悪い牙が生えている。それは、3体現れ、ボティスに向かって襲い掛かる。
 ボティスは剣を構え、まず1体に斬りかかる。しかし、不定形の身体は切り刻んでも、すぐに再生する。
 もはや、剣で動きを牽制することしかできないボティスを、ベルゼブブは嗤った。

「どうした、その程度か?」

 その表情は、まさに悪魔の名に相応しく、見ていてアルマは思った。これが、彼女の本性か、と。
 呆気に取られるアルマの腕を、クラウンが掴む。

「逃げるぞ」
「え、で、でも」
「このままここにいたら、俺達まで巻き添えをくらう」

 アルマは、ベルゼブブを見た。一瞬、彼女と目が合う。行け、と言ってるように思えた。
 ぐっと口を引き結んで、アルマはクラウンと共にその場から走り出した。
 二人の姿が見えなくなるまで、ベルゼブブはボティスの相手をしていた。
 やがて、ベルゼブブの生み出した黒い物が消え、ボティスはその場に膝を着いた。

「その腕、持っていったのは誰だ?」

 ベルゼブブの問いに、ボティスは躊躇いがちに答えた。

「……サタン様です」
「はぁ……」

 ベルゼブブは、呆れて頭に手をやった。

「お前、そこまでされておいてなお、奴の復活を手伝おうというのか」
「これも、ルシファー様のお望みです」
「……ルシファーが、な」

 ベルゼブブは不満げな顔をした。

「確かに、サタンの復活を一番に望んでいるのはルシファーだろうが……あの娘とガブリエルが契約していると知っているならば、黙っているはずがない」

 ボティスが驚愕する。

「あ、あの娘と契約しているのが、ガブリエル様!? そんな……」
「まぁ、お前は目的を果たさねば奴に消されるだろう。仕方あるまい。お前はお前の務めを果たすがいい。だが、私も契約したからにはお前と戦う」
「……そうですか」
「安心しろ、次は私ではなく、あの娘がお前の相手をするだろう。存分に戦ってやれ」

 そうして、背を向けるベルゼブブに、ボティスは叫んだ。

「何故、人間と契約されたのですか!? あれほど干渉することを嫌っていたあなた様が!」
「ガブリエルが、自らの意志で降りたと聞いた時の私の気持ちを、お前は理解できるか?」

 それだけ言い残し、ベルゼブブはその場から姿を消す。
 取り残されたボティスは、複雑な表情を浮かべていた。

 勢いよく扉を開ける。
 椅子に座って言葉遊びをしていたガブリエルとエルが、驚いて顔を上げた。
 びしょ濡れの二人の姿に、ガブリエルは心配そうに駆け寄った。

「大丈夫か?」
「た、大変だ、ベルが……ベルが、ゲーティアの悪魔と……」

 アルマは、息も切れ切れに状況を説明しようとしたが、それは予想外の声に遮られる。

「遅かったな」
「えっ!!?」

 顔を上げると、平然とした様子のベルゼブブが立っていた。手には、これから着るつもりのエプロンが。
 アルマとクラウンは開いた口が塞がらない。
 ベルゼブブは、そんな二人を笑った。

「酷い有様だな」
「あ、あんた……ボティスって悪魔は?」
「言っただろう? 遊んでやるだけだ、と」

 楽しげなベルゼブブの様子に、ガブリエルが呆れのため息をついた。
 アルマは思わず叫んだ。

「この、悪魔!」

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