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涙のベースボール

おいでませ。玻璃です。

悪ガキ洋平の物語。
小学生の頃から近所の悪ガキ軍団と夢中になっていたのが野球だ。

中学生になるともちろん野球部に所属。
皆が新しいグローブを買ってもらう中、洋平は近所の子のお下がりのグローブで部活に参加していた。
古いグローブは色の変色もあり、カッコイイという言葉とは無縁の代物だったが、それなりに気に入って使っていた。

中学3年生になりみんなが楽しみしていたのは修学旅行だ。
洋平の家では金銭面的にギリギリだったが、やっと参加できる修学旅行。
それを知った洋平の一番上の姉、静子がある日訪ねてきた。

「洋ちゃん、修学旅行行くんて?姉ちゃんがお小遣いあげる。」

と言って茶色い封筒を手渡してくれた。
実際にいくら入っていたのかわからないが、当時の洋平からしたらまさかの金額だったらしい。

その頃、長姉の静子は結婚して下関市に住んでいた。
幼かった弟たちのために何かの時には助けてやりたいと毎日の家計を一生懸命やりくりして、少しづつ貯めていたらしい。

静子はさらに
「姉ちゃんはなかなか会いに来れんから、そのお金が残ったら欲しいもん買いいね。」

洋平は嬉しかった。
欲しいもん・・・。アレしかない。

そして待ちに待った修学旅行の日。
いつもの悪ガキ軍団はここぞとばかりにはしゃいだ。
自由時間の土産物屋で、仲間たちはそれぞれテンション高めに
「お!土産買って帰ろう」とか「露店であれ買って食おう」とか
頬を橙色に染めて大興奮。
そんな中洋平は、

「俺は腹減ってないからいらん。」

と全く財布を開けようとしない。
そしてとうとう、一銭も使わずに帰ってきた。
そうアレを買うために・・・。

洋平はついに手に入れたのだ!
ずっと欲しかった新しいグローブ!!
買ったその日はとにかく手元から離さない。
ご飯を食べる時も膝の上。便所に入るときも持って入った。
そして寝るときももちろん枕元に。

やっと手に入れたグローブ。
野球部ではさらに練習を重ねてエースになっていた。
そんな洋平にある日、野球が強くて有名だった私立の高校からスカウトが来た。学費免除など厚待遇の誘い。
洋平は天にも昇る気持ちで、今にも踊り出しそうに喜んだ。

だが、そこまでだった。
父の吉忠が猛反対。どんなに泣いて頼んでも

「学費は免除でも、通学の汽車賃がかかる。義務教育を終えたら働け。」

と、にべもなく断られた。
洋平は最後まで引きたくなかった。だが、洋平はこの家にもらわれて来たのだ。今まで貧しい中で育ててもらった。それ以上は頼めなかった。
苦く悲しい思いを、涙と鼻水と一緒に飲み込んで・・・諦めた。

今でも父、洋平はプロ野球中継が大好きだ。
BSのいろんなチャンネルで放送しているが、巨人戦を探して必ず観る。
だが、相当な野球好きの父でも絶対に観ない野球中継がある。
高校野球だ。これだけは昔から観ない。
涙と鼻水と一緒に飲み込んだあの苦い思いは、60年以上経った今でも消化不良のままらしい。

次回はいよいよダンスホールまでの道を。

ではまたお会いしましょう。


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