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朗読可能な小説 11 「ギリギリの攻防」

ヘッダーは後にします。誤字あったら、直します。眠いです。
追記

PicNos!さんからまた使用させていただきました!

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本編 「ギリギリの攻防」所要時間 約12分程度


この戦いに勝者はいない

◆雛子の場合◆

もう、ギリギリよ!

東京都新宿区にある高層ビル。ビルには、いくつものIT関係の企業がテナントに入っていた。

そのうちの11階にある、とある会社の女子トイレ。

入り口から手前にある薄いピンクの扉に、社員の雛子(ひなこ)は何度も激しくドンドンというかノックした。

「すいません、開けてください!!もう、限界なの!」

1番奥と真ん中の扉には、故障中の張り紙。手前のトイレの扉は鍵がかかっている。

雛子は脂汗をかいた。


どうして!今日に限って、3つある内の2つが壊れてんのよ!

別な階に向かえば……ううん、もう限界に近い。

階段を降りる前に、下腹部の内容物も全て放出してしまうだろう。

会社の人間にバレるのは羞恥の極みだ。

しかし、それ以上に片思い相手の同僚苗場が知ったとなったら……ビルから飛び降りてしまう。きっと。確実に。

彼女は必死で懇願する。

「お願い!もう、別な階まで我慢できないの。早く出てちょうだい!」

雛子の必死の嘆願も空しく、目の前の扉は開かない。

ギリギリと彼女は歯ぎしりした。

そして、怒りのあまり扉にキックした。

周囲にビリビリと衝撃が広がる。

そこからもそもそと物音が聞こえ……ドアのロックが外れる。

やった!神様ありがとう!

ドアから出て来たのは……。

◇苗場の場合◇

ふー、ギリギリ間に合った。

会社員の苗場は女子トイレの一室でホッとした。

仕事中、猛烈な便意におそわれた彼は、ダッシュでトイレに向かう。

だが、男子トイレの個室はどれも使用中。

ちくしょう!

もう他の階のトイレまで歩いていけねえ!

かくなる上は……。

我慢の限界に達した彼は、勢いのままに同じ階にある女子トイレに駆け込んでしまった。

苗場の犯罪的な賭けは成功してしまう。

女子トイレには誰もいなかった。

トイレの個室は3つある。

1番奥と真ん中の扉は閉まっており、どちらも正面扉に故障中との貼り紙がわかりやすく貼ってある。

しめた!

彼はそう思った。

急いで彼は個室へ駆け込み、鍵をかけ……スッキリした!


自身の精神力と便意のギリギリ勝負に勝利した苗場。

しかし、苗場は冷静になって状況を確認し始め……彼自身かなり追い詰められているのがわかった。

状況が状況だ。

こんな事がもし、会社の人間にバレてしまったら……いたたまれなさで朝礼前に会社を退職する。絶対に。

それに、片思いしている北浦雛子さんに知られてしまったら……きっとこのビルの屋上からダイブしてしまう。

彼が後ろ向きな考えをしている時、ドアからノック音が聞こえた。

誰だっ!

可愛らしいが血気せまる女性の声だった。

女性は何度もノックし、早く開けてほしいと訴えた。

彼は女性に厳しく対処する。

いや、誰だろうと出るものか……よしっ、シカトしよう。

苗場は最初、自衛のために無視をしていた。

だが、だんだん悲痛な声に変わっていく扉の外の人間に対して、彼は先ほどの一大事を思い出す。

個室トイレで繰り広げられた、あの殺伐とした戦いを。

ああ、この女性はさっきまでの俺と同じ状況だったんだろう。

間に合わなかったら……そりゃ嫌に決まってるよな。

腕を組み、苗場はうんうんとうなづいた。

苗場は目をつむる。

呼吸を整える。

そして、彼は覚悟を決めた。

目の前の女性を助けて、さっぱりと会社を辞めてやろうと決意した。

カッと目を見開く。

カチャカチャとスーツのズボンを直し、ロックを開ける。

キィと軋んだドアの音。

扉を開けると、目の前には北浦雛子がいた。

◇2人の場合◆

「あ」苗場と雛子、2人の声がぴったりと揃った。

え、苗場さんがどうして女子トイレなんかに!?

思いがけない人物の登場と、トイレに入れるという安堵によって雛子の膀胱は崩壊した。

ああ、この世の終わりだ。

急に視界が暗くなる。

雛子はその場でばたりと倒れてしまった。

◆12年後◇

東京郊外のとあるマンションの居間。

3人の家族がアルバムをペラペラとめくっていく。

妻と夫は12年前の出来事を思い返していた。

「え、それがパパとママが付き合うきっかけになった話し?」

えーと、嫌そうな顔で子供は両親に訊ねる。

「ふふ、そうなのよ。もらした私を苗場さん……パパが一生懸命介抱してくれてね。前から気になってたのもあって、そこからトントン拍子に結婚しちゃったの」

雛子はニッコリと娘に話す。

「キャー、恥ずかしい」娘のほっぺが赤くなる。
「伊織ちゃん!あのね、ママの方がすっごく恥ずかしいんだからね」

「会社でおねしょしたー」
「こっ、こら!」

「いやー、あの時はほんとうにギリギリだったんだよ。雛子さん……ママはドンマイだったけど。あの戦いに勝ったのは僕だけだったんだ。まあ、パパは昔からついてるから仕方ないけど」

苗場は照れながら言った。

夫の言葉に、イラついた雛子は12年前のある事を思い出した。

「……そうね。確かについてたわね、パパ。そうだ、辞めなかった会社の人達には感謝しておいた方がいいわよ。本当に優しくていい人達だわ」

「どうしたんだよ。いきなり」

「あら、もしかして気づいてなかったの?私は優しく介抱されたのが嬉しくて黙ってたけど」

「ん?だから、雛子さんは何が言いたいの?」

「だから、ついてたのよ。パパは」

「はっ?僕がラッキーだったって事がかい?」

雛子は娘の伊織をギュッと抱きしめた。

「確かにラッキーね、私達がこうして出会えたんだから。でも、違うのよ……実は12年前のあの時のあなた、ギリギリ負けてたの。ついてたわよ、スーツのパンツにほどよくね」

「え?」苗場は考えた。

ついていた?

ラッキーが何か関係しているのか?

ラッキーというと、運がいいと言い換えができる。運がいいって他に言い方があったような……

運……運がつく。カラスの糞。

12年前の事……スーツのパンツにほどよくついてた。

え、まさか……ズボンに俺のう……

「あー!!」苗場はすっとんきょうな声を上げた。

『この勝負に勝者はいなかった』


(了)

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