![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/22024692/rectangle_large_type_2_dd47c632f49e1d667da3e472527e0858.jpg?width=800)
朗読可能な小説 11 「ギリギリの攻防」
ヘッダーは後にします。誤字あったら、直します。眠いです。
追記
PicNos!さんからまた使用させていただきました!
規約
※改変自由です(公序良俗の範囲内で)
※商用利用の際は一報お願いします。(TwitterID @g_zcl)
※自作発言はやめてください(どこかにこちらのリンククレジットお願いします)
※下記の注意書きを概要欄に載せて下さい。
本編 「ギリギリの攻防」所要時間 約12分程度
この戦いに勝者はいない
◆雛子の場合◆
もう、ギリギリよ!
東京都新宿区にある高層ビル。ビルには、いくつものIT関係の企業がテナントに入っていた。
そのうちの11階にある、とある会社の女子トイレ。
入り口から手前にある薄いピンクの扉に、社員の雛子(ひなこ)は何度も激しくドンドンというかノックした。
「すいません、開けてください!!もう、限界なの!」
1番奥と真ん中の扉には、故障中の張り紙。手前のトイレの扉は鍵がかかっている。
雛子は脂汗をかいた。
どうして!今日に限って、3つある内の2つが壊れてんのよ!
別な階に向かえば……ううん、もう限界に近い。
階段を降りる前に、下腹部の内容物も全て放出してしまうだろう。
会社の人間にバレるのは羞恥の極みだ。
しかし、それ以上に片思い相手の同僚苗場が知ったとなったら……ビルから飛び降りてしまう。きっと。確実に。
彼女は必死で懇願する。
「お願い!もう、別な階まで我慢できないの。早く出てちょうだい!」
雛子の必死の嘆願も空しく、目の前の扉は開かない。
ギリギリと彼女は歯ぎしりした。
そして、怒りのあまり扉にキックした。
周囲にビリビリと衝撃が広がる。
そこからもそもそと物音が聞こえ……ドアのロックが外れる。
やった!神様ありがとう!
ドアから出て来たのは……。
◇苗場の場合◇
ふー、ギリギリ間に合った。
会社員の苗場は女子トイレの一室でホッとした。
仕事中、猛烈な便意におそわれた彼は、ダッシュでトイレに向かう。
だが、男子トイレの個室はどれも使用中。
ちくしょう!
もう他の階のトイレまで歩いていけねえ!
かくなる上は……。
我慢の限界に達した彼は、勢いのままに同じ階にある女子トイレに駆け込んでしまった。
苗場の犯罪的な賭けは成功してしまう。
女子トイレには誰もいなかった。
トイレの個室は3つある。
1番奥と真ん中の扉は閉まっており、どちらも正面扉に故障中との貼り紙がわかりやすく貼ってある。
しめた!
彼はそう思った。
急いで彼は個室へ駆け込み、鍵をかけ……スッキリした!
自身の精神力と便意のギリギリ勝負に勝利した苗場。
しかし、苗場は冷静になって状況を確認し始め……彼自身かなり追い詰められているのがわかった。
状況が状況だ。
こんな事がもし、会社の人間にバレてしまったら……いたたまれなさで朝礼前に会社を退職する。絶対に。
それに、片思いしている北浦雛子さんに知られてしまったら……きっとこのビルの屋上からダイブしてしまう。
彼が後ろ向きな考えをしている時、ドアからノック音が聞こえた。
誰だっ!
可愛らしいが血気せまる女性の声だった。
女性は何度もノックし、早く開けてほしいと訴えた。
彼は女性に厳しく対処する。
いや、誰だろうと出るものか……よしっ、シカトしよう。
苗場は最初、自衛のために無視をしていた。
だが、だんだん悲痛な声に変わっていく扉の外の人間に対して、彼は先ほどの一大事を思い出す。
個室トイレで繰り広げられた、あの殺伐とした戦いを。
ああ、この女性はさっきまでの俺と同じ状況だったんだろう。
間に合わなかったら……そりゃ嫌に決まってるよな。
腕を組み、苗場はうんうんとうなづいた。
苗場は目をつむる。
呼吸を整える。
そして、彼は覚悟を決めた。
目の前の女性を助けて、さっぱりと会社を辞めてやろうと決意した。
カッと目を見開く。
カチャカチャとスーツのズボンを直し、ロックを開ける。
キィと軋んだドアの音。
扉を開けると、目の前には北浦雛子がいた。
◇2人の場合◆
「あ」苗場と雛子、2人の声がぴったりと揃った。
え、苗場さんがどうして女子トイレなんかに!?
思いがけない人物の登場と、トイレに入れるという安堵によって雛子の膀胱は崩壊した。
ああ、この世の終わりだ。
急に視界が暗くなる。
雛子はその場でばたりと倒れてしまった。
◆12年後◇
東京郊外のとあるマンションの居間。
3人の家族がアルバムをペラペラとめくっていく。
妻と夫は12年前の出来事を思い返していた。
「え、それがパパとママが付き合うきっかけになった話し?」
えーと、嫌そうな顔で子供は両親に訊ねる。
「ふふ、そうなのよ。もらした私を苗場さん……パパが一生懸命介抱してくれてね。前から気になってたのもあって、そこからトントン拍子に結婚しちゃったの」
雛子はニッコリと娘に話す。
「キャー、恥ずかしい」娘のほっぺが赤くなる。
「伊織ちゃん!あのね、ママの方がすっごく恥ずかしいんだからね」
「会社でおねしょしたー」
「こっ、こら!」
「いやー、あの時はほんとうにギリギリだったんだよ。雛子さん……ママはドンマイだったけど。あの戦いに勝ったのは僕だけだったんだ。まあ、パパは昔からついてるから仕方ないけど」
苗場は照れながら言った。
夫の言葉に、イラついた雛子は12年前のある事を思い出した。
「……そうね。確かについてたわね、パパ。そうだ、辞めなかった会社の人達には感謝しておいた方がいいわよ。本当に優しくていい人達だわ」
「どうしたんだよ。いきなり」
「あら、もしかして気づいてなかったの?私は優しく介抱されたのが嬉しくて黙ってたけど」
「ん?だから、雛子さんは何が言いたいの?」
「だから、ついてたのよ。パパは」
「はっ?僕がラッキーだったって事がかい?」
雛子は娘の伊織をギュッと抱きしめた。
「確かにラッキーね、私達がこうして出会えたんだから。でも、違うのよ……実は12年前のあの時のあなた、ギリギリ負けてたの。ついてたわよ、スーツのパンツにほどよくね」
「え?」苗場は考えた。
ついていた?
ラッキーが何か関係しているのか?
ラッキーというと、運がいいと言い換えができる。運がいいって他に言い方があったような……
運……運がつく。カラスの糞。
12年前の事……スーツのパンツにほどよくついてた。
え、まさか……ズボンに俺のう……
「あー!!」苗場はすっとんきょうな声を上げた。
『この勝負に勝者はいなかった』
(了)
こちら以外のシチュボや朗読作品はこちら。(マガジン登録お願いします)
こちらへのサポートは執筆促進の為の紅茶代などに宛てられます。紅茶とクッキーの相性は最強です。