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朗読OKな自作短編小説 7

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タイトル 「地下鉄(メトロ)」 所要時間 7分

本編

《奇妙な地下鉄の男》
とある地下鉄のプラットホームの片隅に、誰かを待っているかのように佇んでいる男がいた。

男は始発から終電までずっと、じっと改札口をみつめていた。

まるで誰かが改札を通る約束をしたかのように。

《僕》

天使がすすり泣いている。

僕はポールをつかんで、日の光が入らない窓をじっと見つめる彼女をみて。

そう思った。

目まぐるしく変わる忙しいスケジュール。

やっと休みがとれ、家に帰る途中に……僕は出会ったのだ。

そして惹かれた。


ぽたぽたと落ちる透き通った涙は、この世のものとは思えない。

とても美しかった。

いつのまにか、視線は彼女しかとらえていない。

あ、彼女は次の駅で降りてしまった。

また彼女に会いたい。

心からそう思った。

そして……不思議なのは。

前にどこかで。

彼女を見た覚えがあった。

一体どこで?

《私》

恥ずかしい。とてもとても。

最期だからかと、気が緩んでしまったのか。

私は羞恥に耐えられず、電車から降りてしまう。

あの人に見られてしまったのだろうか。

私の対角線上で座っていた男の人。

窓からうっすら写る彼。


穏やかでのんびりしていてとてもあたたかそう。

あんな人が私の彼だったら。

いいな。

……なんて。

そんなことあるわけないのに。

医者からはもう長くないと、宣告を受けた。

別に悲しいとは思わなかった。

私を気にする人なんて、この世界には誰1人としていなかったから。

元々両親が早く亡くなり、病気がちで満足に学校へ通えなかった私には親しい友達もいない。

恋人もいない。

つまり私は。

取るに足らなくて、どうでもいい存在。

そんな私が……『いいな』と感じてしまった。

ほんとうにバカみたい。

……ほんとに。

そんなことを考えていたら。

いつのまにか涙がこぼれてしまっていた。

またあの車内にいた彼に会えたら。

ははっ。

ない、ないってそんな事。

そんな、非現実的なことを想像しながら……私は地下鉄の階段を一歩一歩上っていった。

最期の階段だ。

登りきった先は病院。入院したらもう、外には出られないだろう。

でも。

もし叶うなら。

もう一度、地下鉄の彼に会いたかった。

どうしてなのかはわからない。

それでも会いたい。


それにしても。

と、私は頭を傾げる。

どこかで彼を見た覚えがある。

この地下鉄の前にどこかで。


一体どこで?

《僕》

「お前だったら、声かけてもいけるんじゃないか……ま、そんなに気になるなら声かけろよ。なにかした後悔より、なにもしなかった後悔の方がずっと引きずるからな」

ふうっと。

友人と酒を飲んでいる時に、なぜか地下鉄での出来事を話して。

そんなアドバイスをもらっていた事を、また地下鉄の車内で彼女に会った時に。

ふと思い出す。

それから。

僕は彼女を前にして言った。


「あの、ちょっといいですか?」

その時の彼女はまた泣いていた。

しかし、表情は笑顔だった。


どうして?

《私》

奇跡が起きた。

私はそう信じるしかなかった。

病状が好転し、もう一度だけ外出許可が取れたのだ。

私は、服にもエステにも美容院へも目もくれず……あの地下鉄へ向かった。彼と出会った地下鉄へ。

あの時の彼がいるわけないのに。

頭ではそう思っていても。

いつのまにか、地下への階段を緩やかに駆け下り。

あっという間に地下鉄の車内に乗り込んでしまった。

あの時とは時刻も違うし、今度は人も多い。

無理だ。

なぜそう思ってしまったのか。

心の落ち込みと反対に、私の目は座席に座っていた彼を発見していた。

思わず赤くなって、表情も緩まり泣いてしまった。

そんな私に……彼は近づいて声をかけて来たのだ。

あれ、でもこの声。

と私は疑問に思った。

どこかで聞いたことがある。

いつだったっけ?

《僕》

それから、僕は電車を降りて、地下鉄のホーム近くの喫茶店に入った。

席に座って。

彼女の話しをじっと聞いていた。

境遇を知って、すぐに前に会った時の疑問を解消できた。

彼女も難問が解けた受験生のように、緊張から解かれて安らいだ顔をしていた。

やがて、彼女が最後の外出だと僕に言うと……僕はある約束をする。


彼女を絶対に幸せにするために。


でも変だ。

どうしてそんな約束をしてしまったんだろう?

《私》

「元気になったら、結婚しよう。それまで僕はあの地下鉄のホームで待ってる。僕達、一緒に地下鉄へ乗ろう!」

突然の出会い。

突然のプロポーズ。

頭をこくんとさせる。

でも、それが彼の演技なのは十分承知なはずだった。

そう。

数年前に私は彼と会っていた。


慰問という名目で。


国際的に活躍する俳優の彼と。

どうりで見覚えがあったはずだ。

慰問以外でも、彼のポスターやら映像やら至る所にあるというのに。

彼はいい人。

今にも死にそうな私に、とっさに言ってくれたんだろう。

また一緒に乗ろう、という彼の言葉。

嘘だとしても。

いいえ、嘘だからこそ彼の素敵な所がわかった。

今。

静かに脈打つ、胸の高鳴りを。

こそばゆく感じる。

私は……取るに足らなかった私は。

一緒に地下鉄に乗ってもいいのだろうか。

幸せになってもいいのだろうか?

《僕》

転機は突然にしかやってこない。

慰問に訪れた時のあの子が、彼女だったとは。


病院へ戻った彼女を見送り、僕は所属事務所へ向かった。

現在ある仕事以外、新規の仕事はキャンセル。

現状の仕事をすべて終え芸能界を引退した。


それから、今まで稼いだお金を使い、僕は彼女と約束した駅のプラットホームで彼女始発から終電まで待ち続けた。

外の季節が春から夏へ。


秋服から冬のコートを着込む男達へ変わっても。

待ち続けた。

僕の存在がテレビで話題になったり。

不良達から暴行を受け、身ぐるみはがされたり。

指をさされて笑われ者になっても。

それでも待ち続けた。

彼女としていたメールも、ある時から一切なくなってしまう。

丁度病気の進行の経過を診てもらう日だった。


連絡がこなくなっても。

僕は待ち続けた。

一緒に地下鉄に乗って。

彼女を幸せにしたい。

なにより。

僕達の約束は病気なんかに負けたりしない。

その思いで一心だった。


そして、いつしか僕は世間から《地下鉄の奇妙な男》
と呼ばれるようになった。

僕は今日も待っている。

彼女の元気な姿を。

……ん?


カツカツと駆け下りる音。

この音、いつか今日も聞いたことがあるような。


まさか!?

《私》

言葉はいらなかった。

彼を見つけ。

彼を抱きしめ。

彼にキスした。

そして。

《僕と私》


一緒に地下鉄(メトロ)に乗った。

(了)

読んで頂いた方

まつりぴさん


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