短読19 死にたいと思わない日が多くなり落とし穴を探し始める

はじめに

19首目は、ななさんの歌です。ご投稿ありがとうございました。逆説的な表現から歌を掘り下げました。どうぞよろしくお願いします。

死にたいと思わない日が多くなり落とし穴を探し始める

なな

まず読んで思ったこと

 この歌を読んで、なんとなく「逆トラップ」みたいな言葉が頭に思い浮かびました。これまでは、多分死にたい日の方が多かったんだろうなって思います。でも死にたいと思わない日の方が多くなって今、何かのきっかけがあったのかだんだんとそうなってたのかが分かんないんですけど、死にたいと思う日の方が少なくなった。それはなんか一見平穏に見えることではあるんだけど、この歌の人にとっては結構異常事態、死にたいと思う日の方が多くて普通だったわけだから、そうじゃなくなるっていうことは異常事態が起き始めてるんだなーって思いました。でそういう平和の方が異常事態だから、まあ落とし穴って結構トラップはなっていうイメージがあるんですけど、だからついそういうものの方を探してしまうっていう心理状態が今この歌の人の中に起きていることなのかなって思います。
 でもまだこの落とし穴を探して、じゃその後どうするのかっていうことまでは書かれていなくて、単純になんか落とし穴を探して「やっぱり危険な、トラブルになりそうなことって自分の身近にあるんだなー」って確認したいだけなのか、それとも「いや、この死にたいと思ってない方が異常なんだから、そういう危険なトラブルの方に飛び込んでいったほうが普通だ」ってしようとしてるのかまではちょっとまだわかんないなって思います。というのが〈探し始める〉なので、あくまでも。まだなんかついそうやってしまう、やり始めてしまったみたいなところ(時点)に、歌としては止まっているのかなって思いました。

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 個人的な話をすると、今回一番共感度の高い歌でした。数年前にようやく、自分の生活が平和になってきたとき「今だったら死んでも何も困らないな」と思ったことがあったのを思い出しました。「死にたい」っていうのは、実はいろんなレベルがあって「疲れた」「恥ずかしい」「もう無理」「出口がない」「先が見えない」など、いろんなニュアンスを含みうるんですけど、「死にたい」と思える日が少なくなってくるとそれが逆に不安になる感じ、死にたくなるような生活がいつまでも続くのではないかと思えるくらいには、そういう環境がこの歌の人にとっては親しかったんじゃないかと思います。
 死にたいと思わなくなる日が多くなるということは、少なからず「死にたい」と思う日もある。でもその死にたさとはまた別のベクトルで、平和であることの不安、死にたいと思っていたはずの自分がそう思えなくなっていることの「異常」を感じる、だから自ら「落とし穴」を探してしまう、それはちょっとバグってるみたいにも思えるんだけど、変化していってる自分の状態に慣れるまでは続くんじゃないかなあと思いました。できれば、この歌の人に、落とし穴があることだけ確認して安心してもらいたい、落とし穴にはまらずとも、死にたいと思わなくなる、自分にとって楽しい毎日を日常として受け入れていけるようになるといいなあと思いました。

企画趣旨はこちらから

https://note.com/harecono/n/n744d4c605855


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