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未来の本


#私だけかもしれないレア体験

日常的によく物が消えることがある。
今、使っていたペン。
飲んでいたコーヒーカップ。
読みかけの本・・・目の前の物が次見ると消えている。
ド忘れ的なものなら まだいい。
物体が消えてしまい、完全に失われるのには辟易する。

確認にと 財布に入れるつもりでテーブルに並べた諭吉たち。
振り返ると 消えていた。
落としたか!と探すが 室内にはどこにもない。
諭吉たちは幸い消失ではなく
あり得ない場所に移動しただけだった。
助かった。


枕が長くなってしまった。
と、まあ 日常的な「消失」で困ることも多いのだが
今回は「よく似ているが、全く違う」話だ。

散歩の途中 ふらり、と立ち寄った本屋での出来事だった。
その日は 珍しく家族も一緒だった。
ちょっとした図書館よりも大きな書店。

特に目的もなく、店内の本棚を全て眺め。
ー最後には必ず1冊買って帰る。
いつもの習慣だ。

家の者は あまり読書の習慣はない。
家の本棚に何の本があるのか全て把握し
あらすじを全部覚えてくれている。
ーなにが好きなのか覚えておく。
好みを尊重してくれるのは非常にありがたい。

すぐに購入候補が見つかった。
お気に入りの作家の大好きなシリーズの最新作。
棚に1冊並んでいたのだ。
出版量も多大でベストセラーも多い作家。
心の師匠の一人だ。

「次はいつだろう」
読みたい本はわくわく待ちたい。
発売日は日頃からあまり確認しない。

表紙を確認し、ついつい作者のあとがきをチラリ。
店内一周してから レジに行こう。
「同じくらい欲しいものがなかったら、
今日は この本にしよう」
同じくらい欲しい本があったら?
家族に相談だ。
手に取った本を 元の位置に戻し、
店内散策を再開した。

平積みの表紙を眺めたり。
背表紙を眺めたり。
とっぷりたっぷり「本」の群れを堪能。
やはり その日の一番は「心の師匠」だ。

予定通りに「心の師匠」の棚に戻った。

・・・ない。
本がない。
新刊がない。
師匠の本がない。

「心の師匠」の本。
そこを中心とした周囲の本。
ごっそり なくなっていた。

売れた、なんてレベルではなく。
棚の大半が 空だ。

家の者が店員を呼び、説明を求めた。
書店で本の整頓や入れ替えは 通常の風景だ。
呼ばれた店員は、話を聞きながら
棚に本が並んでいないことに
驚くほど動揺していた。
店員が何人も確認に来た。

「すぐにお取り寄せできます」
早いと その日のうちだと言う。
申し訳なさそうな店長が 
なんとかすると宣言してくれた。
めっちゃ早っ!
ありがたく甘えることにした。

大きな書店には
あり得ない空の棚。

「開店前には 間違いなく揃えていたんですが」
不思議そうに呟きながら
取り寄せの為の作業をしてくれ・・・

「えっ!」

店長の書店としては大声に
皆が一瞬振り返る。
気のせいか 店長の顔色がよろしくなく。

「この本、まだ発売されてません」

何言ってんだ 店長?!
発売前の本?
ソンナバカナ!!

表紙もみた。
手にも取った。
作者のあとがきもチラ見した。
ちゃんと値段も確認したのに!?
書籍コードもついていた。

出版社にまで問い合わせをしてくれた店長。
未定の予定によると「来年」だという。

巻数を間違えたわけでもない。
上下逆で見間違える巻数ではない。
ただ まだ発売されていない本。

本好きだそうな店長と店員たちは
真剣に訴えた話を信じてくれたのは ありがたい。
日頃 真面目に仕事している店員が
棚を空にしていることはないのだ。

その日は 別の本を選んだ。
店長と家の者が
 本を選ぶ間 なにやら話込んでいたのだが
後日 その書店から仕事を請け負ったと聞いた。
ソンナバカナ現象を縁に
仕事に繋がったのは 結果オーライか。

翌年、未定だった予定の、
件の本が発売された。
あの時 見た表紙の、タイトルの、
同じ文面の並ぶあとがきの、
あの本だった。


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