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無精子症患者として初めて通院した

こんにちは晴光です。前回は無精子症が発覚した時の話を書きました。今回はその後無精子症患者として通院した時の話です。

3月3日

衝撃的で眠れない夜だったが、朝日が昇ってきたくらいに少し眠気がやってきた。1時間ほど仮眠をとり、仕事に行った。最悪な気分での仕事だったが、幸い大きなミスはなかった。

どんな風に仕事をこなしたのかは覚えていないが、この日はちょうど3月3日。ひな祭りだった。職場の人たちが自分の家のひな祭りの話をしているのがすごく嫌で泣きそうになったのを覚えている。

僕は自分の子どもためにひな祭りをしてあげられる日がくるのだろうか?準備が大変だとか、もうひな人形に興味を持ってくれなくなったとかの愚痴を笑顔で語れる日がくるのだろうか?

無精子症が発覚してからは身の回りのちょっとしたこと(主に子どもに関係すること)に心が傷つくようになり、子どもがいる人と関わることがだんだん億劫になってきた。

初めての通院

無精子症が発覚して1週間後、奥さんが通っているクリニックに一緒にいった。

この日の患者は僕だ。無精子症が発覚した時からインターネットで検索し続けていたので、無精子症について聞きたいことはほとんどなかった。(というか初日に分かったことがほとんどだった。)

しかし、もしかしたらお医者さんから希望の持てる言葉がもらえるかもしれない。ネットには出ていない治療法で、なんとかなるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた。

クリニックの先生からは「びっくりしましたよね。今日は色々聞きたいこともあるでしょうから、それについての相談と、今後の治療についての話をしましょう。」と、切り出された。

無精子症については自分で調べていたので、あまり知りたいことはなかった。僕は、「精子が無かったのはたまたまで、もう一度検査をしたら見つかるということはないのか?」という質問をした。

それに対して先生は「経験上精子が0だった場合はほぼ無精子症。今回行った検査も制度の高い検査方法をとっているので、もう一度やったとしてもまず結果は変わらない。」と、答えた。

もし検査をもう一度したら・・・という希望は、あっという間に否定された。

このクリニックの先生は割とはっきりものを言う先生だった。僕は聞きたいことを分かりやすく答えてくれてよかったが、奥さんは通院中に話し方がいかにも業務的で嫌だと漏らしていた。待合室で待つ人の人数を考えると、一人ひとりの不安をゆっくり丁寧に聞き取っていくことは難しいとは思うが、そういう時ほど寄り添ってゆっくり聞いて欲しい気持ちもわかる。良い塩梅って難しいなと思った。

こちらの質問が終わった後、今後の方向性を教えてもらった。簡単に言うと、閉塞性なら精子の通り道を作る手術、非閉塞性の場合は精巣内を探す手術、精子提供、里親、子どもを諦めるという道を示された。

先生との話が終わった後は、念のための精液検査と無精子症の原因を調べるために採血をした。

そんなこんなで僕の初通院は終わった。

通院までの一週間で自分が無精子症であることをある程度受け止めることができていた。この時僕の中では非閉塞性と診断されるであろう覚悟とその後精巣内を探す手術をするという道は決めてあった。この通院ではとりあえず現状から先に進めることが分かったので少し元気が出た。

次回は血液検査の結果とその後の動きを書こうと思います。

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