私の伊勢日記2020〜
自分の「伊勢日記」を書かないといけない
そんなことを思った。
とはいえ
オリジナルを読んだこともないし
どんな話だったかも曖昧
だから厳密に言えば
伊勢の旅から始まった私の物語
それも、ずっとずっと続くであろう物語
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マスクのこちら側で鼻水が垂れそうになった。
それでも話し続ける相手の話を中断するわけにもいかず、だんだんと湿りだすマスクに焦りを覚える。
果たして相手に自分のマスクがどんな風に見えているのか、そればかりが気になって落ち着かない。
交渉が成立して、相手の背中を見送り終えると慌てて事務室に飛び込んだ。いつもの場所のポケットティッシュを取って鼻を噛む
それから時計をみつめ、まだ閉店時間には程遠いことを確認すると、新しく手に取ったティッシュをちぎって丸め左の鼻に詰め込んだ。
うん、良い感じ
マスクをすれば見えないし
マスク生活も面倒なようで案外、便利なものだ。
それにしても
明日から、旅行に出るというのに風邪でも引いたのかな。と朝から止まらない鼻水に少し心配になった。
と同時に最近読んだブログ記事を思い出した。
御神域の中では浄化作用で尿意が頻繁にくることがある。
確か、そんな内容
不要なものが身体から出ていこうとするのだろう。
過去、何度かの神社参拝旅行で、毎回のように目的地に着くまでにとても強いストレスを受けるという経験をしていた。
今回のこれもその一つで、更には神域に向かう前の浄化作用のようなものではないか
そんな風に思えた。
思えば毎回、超えるものがたくさんあった。
行きたい場所に到着するまでの物理的な距離も、それに対する不安も、そしてそれ以上に自分が抱え込んでいた様々な過去やコンプレックスを受け入れる必要があった。
こんな思いをしながら旅する人が他にいるのだろうかと考えると笑えてくる。
だから私は
自分の旅を「修行」と表現する
この世界で受けるべき学びがいろんな場所に散らばっている。それを一つずつ拾い集めて確認しながら歩いていく。そんなイメージ
自然と一人旅になるけれど、それが少しも苦ではない。
ふらりと入る路地裏も、突き動かされるように登る山道も一人だからこそ何の躊躇もなく選ぶ事ができる
自分の直感に従った行動
たとえ道を間違えて目的地につかなくてもイライラすることも失望することもない
まあ、いいか。今回はご縁がなかったんだな。次の楽しみにとっておこう。そんな感じで消化していく。
やけに楽しい修行だ。
でも、たまに。自分のダメさを共に笑ってくれる人が隣にいたらいいな。そんなことも考える。一人で笑うにはもったいないほどに抜けてる自分を私と同じくらいの優しさで笑って許してくれる、そんな人がいたらきっともっと楽しい旅になる
人と交わっていくことも、私にとっては大きな学びである。逃げようと思ってもどうやら逃げられないものらしい。
「このままでいい」なんて過去から持ち越した自分に開き直らないで、「今の感じがいい」と満足出来るまで、その瞬間の自分を高める努力をしよう
変わることも、変わらないこともどちらもパワーがいる。
今回の旅で感じたことの一つが
この旅以降、私が出会う人たちは少なからずご縁がある人たちなのだ。ということ
これから出会う人たちとのご縁は今まで以上に繋げていく意識を持たないといけないようだ。
私にとってはとても大切なこと。
もう一つは自分の感覚に正直になること
視える視えない
そんなのは関係ない
妄想かもしれない
そんな風に卑屈にはならない
私の世界でしか感知しないものであったとしても
それは私の世界のリアルでありノンフィクションである
私は嘘をつかない。
自分が見たもの聞こえたもの感じたものしか書かない。
それだけはここに誓う。自分の名前にかけて
胸を張って生きていくこと。
自分の言葉を大切にすること。
それを伝えていくこと。
ながくながくどこまでも書き続けること。
私の伊勢日記。
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旅の朝は早い。朝日の向きがどちらかなんてことを考えながら温泉に浸かる。漏れる光の方向にお湯の中で自然と合掌する。
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