見出し画像

マイク&ザ・メルヴィンズ 『スリー・メン・アンド・ア・ベイビー』

 『スリー・メン・アンド・ア・ベイビー』は、メルヴィンズが、ゴッドヘッドサイロのメンバーだったマイク・クンカをゲストに迎え、今を去ること17年前の1999年に録音を開始したアルバムだ。ゴッドヘッドサイロは『Share the Fantasy』という作品を1998年に発表するのと前後して活動を停止。それを受けて両者は、ゴッドヘッドサイロの所属していたサブ・ポップからリリースする予定でレコーディングを進めたが、諸事情により作業は中断し、以降その音源は長らくお蔵入りとなってしまっていた。それが2016年に突如こうして日の目を見ることになったのである。まずは、今回の発売決定に際して発表されたプレス・リリースから、事の次第を以下に抜粋してみたい。

  この時点で、雲行きがちょっと怪しくなってきた。どうも以下に挙げることが起こったらしい:
 ●中学生並にくだらない幾つかの争い
 ●家が建てられ、小屋も作られ、そして子供も生まれた
 ●毎度おなじみのレコード・レーベルの詐欺的ふるまい
 ●猛烈な百日咳に襲われる
 ●手術、それも数え切れないほどの外科的手術
 ●衝撃的で不運すぎる機材盗難
 ●その他もろもろ、もしくは以上

 そもそも、マイク・アンド・ザ・メカニックスをもじったと思しきプロジェクト名からしてふざけてるわけだが、こんなふうにして人々を煙に巻くやり方は、もはやメルヴィンズのファンにとってはお馴染みの光景と言っていいかもしれない(苦笑)。そこで筆者は、バンドの最重要スタッフと呼べる、プロデューサー/エンジニアのトシ・カサイ氏にコンタクトをとり、本作の背景について取材を試みた。その結果、海外メディアにも出ていないような貴重な話を聞けたので、以下それに沿いながら原稿を進めていこう。

 制作が中止された理由は、特にメルヴィンズとマイク・クンカの間で問題が生じたからではないそうだ。マイクはサンフランシスコに泊りがけで録音に来ていたのだが、友人関係のもつれから滞在が不可能となり、そうこうしているうちに百日咳に罹って、しばらくの間その病気に苦しめられることになった。やがて奥さんとの間に女児が生まれ、収入の安定のため家業に専念していた彼は、成長した娘から「お父さんはミュージシャンだっていうけど、演奏しているところを1度も見たことがない」と言われるようになり、そこで長らく放置されていた本作を完成させようと一念発起して、メルヴィンズに声をかけたのだという。ただ、その矢先にリハーサル・スタジオからマイクの機材が盗まれ、保険で買い直さねばならなくなる事件も起きたらしい。上記のプレスリリースは、冗談めかしながら結構ホントのことを書いているね(笑)。ちなみに、ゴッドヘッドサイロも昨年には久々に活動を再開している。
 ついでに書くと、90年代末から2005年までメルヴィンズでベーシストを務め、初来日公演のステージにも立ったケヴィン・ラトマニス(ex. カウズ)は、ドラッグ癖などの素行不良からバンドを離脱したわけだが、そんなケヴィンとの関係性が近年に入って修復されたことも、十数年ぶりに本作の作業が再開する一助となったのかもしれない。

 当初のレコーディングでは、ドラム・トラック全部とベース・パートが7割ほど、ヴォーカルは1曲分くらいまで録音が終わっていた状態だった。それを2015年の2月から、カサイ氏のスタジオでオーバーダブとミックスを行なって完成させたそうだ。作業開始時にエンジニアを務めたのはティム・グリーンだったが、16トラックのテープに記録された素材は70年代前半を思わせるようなシンプルなもので、トシさんにもミックスしやすかったとのこと。そのうえで「ただ70年代風になるのではつまらない」と、こもらない程度に低音を加えて多少モダンにし、さらにヴォーカル録りには近代録音技術を駆使してトラックを増やしたりエフェクトをかけたりするなど様々な工夫を加えたという。
 そして、肝心なポイントを今さらのように書くが、本作ではギターが使われておらず、もともとベーシストであるマイクとケヴィンの2人に加え、バズ・オズボーンまでもがベースを弾くトリプル・ベース体制がとられている。トシさんによれば、「マイクのベースはオーバードライブがかかったギターに近い音。ケヴィンは、まさにKevin-ismとでも言えそうな、独特のディストーションをかけた高音の効いたスライド演奏。そして、ここではバズが最もベースらしい音のベースを弾いている」そうなので、ぜひ耳をこらして聴き分けてみてほしい。なにしろベースが3本なので、その音色の面白さは、間違いなく本作の醍醐味のひとつだろう。それと関連してかどうかはわからないが、パブリック・イメージ・リミテッドの"Annalisa"をカバーしているのも興味深く、かつ個人的には非常に嬉しい。
 また、普段はバズがメインとなるヴォーカルも、ここではマイクを含め他のメンバーが積極的に歌っており、過去メルヴィンズの作品でリード・ヴォーカルをとったことがないケヴィンも、脱退後に結成した自身のバンド=ヘパ・タイタスでの経験によって自信をつけたのか、本作ではたくさん声を出したという。ちなみに、3曲目"Bummer Conversation"の最後に聴けるお遊び部分は、デイル・クローヴァーが歌録りでNGを連発して苦労している様子をトシさんがサンプリングしたところ、メンバーが面白がって入れたものだ。
 完成までに多くの困難と十数年の空白期間を経たにもかかわらず、本作『スリー・メン・アンド・ア・ベイビー』は、メルヴィンズならではのパワフルなドラム、ヘヴィなリフ、独特のユーモア・センスを満載し、しかもマイク・クンカがフィーチャーされたことで、ここにしかないような独自性も発揮された、聴き応え十分のアルバムとなっている。もしかしたら、ベースという楽器が全体を通して最も際立っているのは、メルヴィンズの作品中でもこれが一番かもしれない。とっくの昔に消えたと思っていた作品をいきなり届けられたサブ・ポップのスタッフが、思わず「これマジいい!」と叫んでしまうほど、ファン以外の一般リスナーにもアピールする音に仕上がっていると思う。ぜひ爆音で鳴らして、目いっぱい楽しんでいただきたい。

 さて、メルヴィンズの次作は『Basses Loaded』というタイトルで(※野球好きな彼ららしく、満塁を意味する『Bases  Loaded』に引っ掛けたもの)、これは6人のベーシストが参加した作品になる。これまでメルヴィンズでベースを弾いてきた、ジャレッド・ウォーレン(ビッグ・ビジネス/ex. カープ)、トレヴァー・ダン(ファントマス/トマホーク/ex. ミスター・バングル)、先の来日公演にも参加していたジェフリー・ピンカス(バットホール・サーファーズ)、そしてドラマーのデイル・クローヴァーに加え、ゲストでクリス・ノヴォゼリッチ(ex.ニルヴァーナ)とスティーヴン・マクドナルド(レッド・クロス/オフ!)が参加。本作の追加録音とほぼ同じタイミングでレコーディングされ、この夏にリリース予定だ(※追記:2016年6月にリリース)。
 過去、バズとデイルが不動のラインナップであるのに対し、ベーシストが頻繁に交代することが特徴的だったメルヴィンズだが、それを逆手にとったような面白いやり方と言える。なお、『Basses Loaded』ではドラムに関しても、デイルを含めた3人のドラマーが叩いているという。

最後に、昨年リリースされたルーテナント(※フー・ファイターズ/サニー・デイ・リアル・エステイトのネイト・メンデルによるソロ・プロジェクト)の初アルバム『If I Kill This Thing We're All Going To Eat For A Week』でも、単なる共同プロデューサーの枠を超えたコラボレーションを行ない、そのツアーにも参加するなど、もはやUSオルタナティヴ・シーンにおけるキーパーソンとなったトシ・カサイ氏は、最近でもヘルメットQui、前述したケヴィンのヘパ・タイタスといったバンドとのセッション/プロダクションに関わっている。引き続き、その活躍をチェックしてみてほしい。トシさんが現在いちばん入れ込んでいるのはThe Manxというバンドで、かなり変態じみているそうだ。

 結成から33年、今なお現役、強烈にして孤高の存在感を保ちながら、「怪」進撃を続けるメルヴィンズ。その勇姿をこれからもずっと追い続けていきたい。


2016年2月 鈴木喜之

他では読めないような、音楽の記事を目指します。