見出し画像

ピルクルでお腹を壊す同志はいませんか?

タイトル通りです。
あんまりお綺麗なお話ではないのでお食事中の方、ごめんなさい。
トイレで読んでいる人は安心してそのままお読みください。
はじめに言っておきたい。私はピルクルが大好きだ。ただ身体がピルクルに適応しない人生に生まれてしまった。そんな話だ。

遠い昔、ピルクルで腹を下すことに気が付いた。
中学生くらいの頃500mlのリプトンにストローをさして持っていくのが最高のおしゃれだった。トレンドってものは分からない。

最近の中学生はなぜかマザーズバッグで登校している子をよく見る。
あの子が赤ちゃんだった時にママが使っていたものを使うのがエモいのかな?と想像を膨らませてしまう。そんな子はコンビニによっても小さな紙パックのジュースになんて手を付けないでマイボトルが横っちょのポケットにささっている、わぁお、丁寧な暮らし万歳。

さて、中学生の私は今よりも輪をかけてアホの子でリプトン飽きてきたから気分を変えてピルクルにしてみよ~と軽い気持ちで購入した。
そして学校の2時間目あたりから腹が下って止まらなくなった。
60分の授業で6回トイレに駆け込むほぼ授業ボイコット状態。
ゲッソリして、恥も外聞もなく、なぁなぁ~!!誰か正露丸もってへん!?とクラスメイトに叫んだ。それは私今下痢してま~すと同義だ。

とある一人がゴソゴソと鞄から見覚えのあるラッパのマークが出してくれた。救いのラッパのマークとあの独特の香り。
一度も話したことのなかった真面目な眼鏡をかけた男の子が「あげるよ、これ超効くから、返さなくていいよ、お大事にね。」と優しさの塊をくれた。
教室中にあの匂いを振りまきブーイングをくらいつつも一日を乗り切った。

10数年後、流行っていたFacebookを経由して、彼はのちに医療系メーカーのMRになり大学病院担当になったと知った。天職じゃないか、立ち仕事であり待ち仕事のMRこれからも身体を大切に頑張ってほしい。
中学生のあの時は、彼の親友に好きなものをリサーチして、後日こっそりと彼の好物だと聞いたたけのこの山を3つほど返しておいた。あの恩は忘れない。

さて、話は現在に戻る。
朝のポケ活(ジム荒らし)ジムに置ける上限までポケモンを配置しながらアイテムを集める。最近回復アイテムが落ちにくい。
今日は暑くなってきたなぁ…無性にリプトン飲みてぇなと思った。ファミリーマートが公式スポンサーになっているのでそこのジムを落としてから、てぃろりろりろん、ぴ、てぃりりりり~んという安心感の入店音を聞いてコンビニにINした。ちなみにあの入店音は「大繁盛」というタイトルがついているとファミマのオーナーの倅に聞いたことがある。トリビアだ。

ファミマの彼はスポーツ推薦帰国子女ユースオリンピック候補になるほどの腕前だった。しかも文武両道というやつでAO入試で「真夏にコンビニでおでんを売る方法」というトリッキーな論文を書いてなんと立命館大学の入試を突破していた。なぜかそれを蹴って私が通うFラン大学へやってきた。やはり一目を置かれていてみんな頼りにしていた。

そして他学部1の美女に何度もアタックをかけ、何度も振られては対策を立てていた、何年もかけ彼女にアタックし、英語力を生かした企業に入社し再度告白してOKをもらった。そして美女と結婚し二児の父になった。私は在学中に真夏におでん理論を何度も聞いたがついに教えてくれなかった。今でも気になる、仮説を立てては聞くが絶対に教えてくれなかった。商売敵でもないのに、ちなみにクーラーをガンガンにきかせて凍えさせるは違らしい。

さてドリンクのコーナーで愛しのリプトンちゃんを選ぼうとすると、ピルクルに愛らしいポケモンが印刷されていた。期間限定のパッケージだ。表は天下無敵のピカチュウ様、裏面にはこれから人気がくるであろう新進気鋭のニャオハちゃんが描かれていた。一瞬でリプトン熱は冷めピルクルに乗り換えた。

コンビニであのほっそいストローを通して、飲む。う、うまい。10年ぶりの味だった。生きた乳酸菌400億個を感じる。そしていつものようにジム潰しに移動した。そして、ものの20分で腹は潰れた。ジムと共にどんどん潰れていった。400億の乳酸菌が私のお腹を攻撃してくる。CPがどんどん削られる。ケッキングがカイリキーにやられる時くらいグンッと腹力が減っていく、やばいやばいやばい。便失禁とか社会的に死ぬ。

ポケモントレーナーはセブンイレブンの位置とファミマの位置には異常に詳しいと思う。おかげで最短ルートでトイレに駆け込んだ。10年経って私は完全に忘れていたのだ。ピルクルの生きた乳酸菌は私にとって刺激が強すぎることを。物価高の影響か455mlに若干減量されていた。


さて、なぜ10年なのかというと専門学生時代にも同じ失敗をしている。
中学生の時に腸洗浄みたいになったことを忘れ、購入して登校した。
専門学校は1コマ90分×4で構成されている。同じ授業を2回休んだら単位を落とすというなかなか出席の厳しいカリキュラムだった。

そんな5月頃、懐かしのピルクルを買って持っていき、飴ちゃんいる?とお互いにまだ遠慮がちな春頃の人間関係にひとネタ入れてみようと思い、「中学の時に、ピルクル飲んだらお腹ぶっ壊れて地獄だったんよw」とネタにしていた。もう10年も経てば腹も強くなっていると信じていたし、お酒だって飲める歳だ自分を過信していた。飲みながら笑っていた。

1コマ目の保健学の時間が始まってすぐ、異変が訪れた。え?20分しか経ってない、腹がギュルギュルといっている。看護師でもある厳しくて有名な講師に「先生!すみませんお手洗いに行ってきてもよろしいでしょうか?」と高らかに挙手した。

個室に入ってあんなに美味しいのになぜ腹が壊れるんだろう。遠い目をしながら痛みが過ぎ去るのを待った。90分もあるのにこの状態で戻るのは不安が大きすぎる。
教室に戻りまた30分くらいして遠慮がちに挙手した…。先生は軽く眉根に皺をよせ行ってきなさいと再度許可を出してくれた。
朝、中学の時にぶっ壊れたんだよね~と言った友人は声を殺して笑っていた。その肩は震えていた。また同じミスしてんじゃんと背中が語っていた。

授業も終盤にさしかかり、また波が来た。さすがに怒られると脂汗をかきながら挙手した、先生は「何か悪いものを食べたの?大丈夫?もう保健室でしばらく休みなさい」と意外にも優しかった。本当の体調不良には優しい、白衣の天使に見えた。原因はピルクルだと言ったらあほちゃうか~?!とシバかれそうなので、古くなったものを食べた覚えもないし謎の腹痛として処理された。

保健室の先生には正直にピルクル飲んだら腹ピーになったといった。
先生は「あ~そうゆう人たまにおるわ。好きなのに一方通行の愛になるんよね、たぶんね、あなたは100mlくらいで腹壊してたとして許容量は多く見積もっても50mlよ。ヤクルトくらいにしときなさい」ド正論だった。

教室に戻り、過去の経験を学習し、頭痛薬と下痢止めは常備していた私は事なきを得た。
まだ半分以上残っているピルクルは教室の冷蔵庫に友人が入れてくれていた。ちゃんと持って帰って寮の部屋の冷蔵庫にウィスキーばりにちびちび飲んで消化した。

昼休みに中学時代のエピソードを話すと、一瞬空気が凍ったが一人が噴き出すと。あほや~!!の大合唱。眼鏡かけとるしなんとなく賢そうな子やと思っとったん損した~!とゲラゲラ笑われた。ここは大阪、アホは愛のある褒め言葉。

春のピルクル事件、友人たちが出してくれた解決策は少量ずつコップに入れて予定のない日に家で飲むだった、あとヤクルトを飲めばいいさと教えてくれた。専門学校にはいろんな思い出がある。

国家試験という共通の目的に向かってみんなで勉強したのが懐かしい。
ストレスが限界値になり、教室を泣いて飛び出す子も現れる事件や、スクリーンに写された心臓の動きの様子(実写)を見て、頑丈そうな男子が座ったまま貧血を起こして誰も運べない事件もおきた。

40人くらいいたので惚れた腫れた事件も多かった。当時遠距離恋愛をしていた私には無縁だった。銀行員だった彼はあろうことかギャンブル狂(スロット)にはまってしまい国家試験直前にお別れした。

専門学校の帰り道、立ち飲み屋でビールを飲みながら友人の恋愛相談をつまみに聞いては、「行け!押せ!押せ!」と体育会系の励ましをしては玉砕させていた、最低のアドバイスしかできてないが、最終的には4組結婚しているのでノーカンでお願いします。くっつく人はくっつくねん。

学業面ではいつも赤点スレスレをすり抜けていく私、実習でもありえないミスをして教官からバチクソに怒られてトイレですすり泣いた。親にもあんな怒られ方したことない。

そして10年後の今日またピルクルで腹を壊してもうネタにするしかないと思った。でも大好きだ。ピルクルもマミーもミルミルもヤクルトもラブエールも好きだ、乳酸菌飲料万歳。

今回の結論として、私は10年を周期にいろんなことを忘れている。
多分そう。また10年後コンビニでピルクルを買っているかもしれない。


この記事が参加している募集

noteでよかったこと

無印良品のポチ菓子で書く気力を養っています。 お気に入りはブールドネージュです。