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意思のあるところに仕事は開ける。社会人のわたしをつくる、8年経った今も大切な教訓

「あぁ〜また今日も遅くなっちゃったな」

時刻は21時。郊外のコンビニの駐車場に停めた営業車の中、社会人1年目の私はおにぎりをかじっていた。カーラジオから聞こえるテンションの高いDJをうっとおしく思いながら、ぱさぱさする米をオロナミンCで流し込む。ふとミラーをのぞくと、化粧がはげてひどく疲れた顔をした自分がうらめしそうにこっちをみていた。

「うぁ〜〜〜〜!!!!こんなの理想のキラキラ社会人と全然ちがうじゃんかよぉ〜〜〜!!!」

こみあげてくる苦しさをかき消すよう、私はカーラジオのボリュームをあげ、アクセルをぎゅんと踏んだ。

🚗

社会人1年目、日用品メーカーに入社した私のファーストキャリアは営業だった。大きく社名の入った営業車に乗り、東京の郊外にあるドラッグストアをまわる仕事。

マーケティング職で内定をもらっていたから、蓋を開けたら営業の配属だったのは不本意だった。それでも、希望を胸にはじめた社会人生活。私なりに一生懸命「はたらく」に向き合っていた。

上司👨‍💼 この商品、もっと店頭で強化してきてよ。
私 👩 わかりました! 今日行くお店で商談がんばります!

得意先📞 今日、例のサンプルもってきてもらえる?
私 👩 はい!閉店ギリギリになっちゃうと思いますけど、行きます!

上司や得意先に言われるがまま、車を走らせる日々。頭を悩ませ、頭を下げ、時々ちょっと泣いて、またハンドルを握る。1日のTO DOをなんとか終わらせて家の車庫に戻るのは、いつも深夜だった。

車のエンジンを切ると、どっとおそってくるのは疲労感。体にまとわりつくじっとりとした重みに「これが働くってことなんだろうなぁ」と思っていた。そこに、たのしさを感じる余裕はこれっぽっちも残っていない。入社当初にもっていた「あんなことをやりたい」「こんなことをしたい」という希望は、気づけばどんどん痩せ細っていった。

時折、学生時代の私がひょっこりと現れて「たのしく働いて、輝く社会人になりたいって気持ちはどうしたの?」と聞いてくる。そんなときは、「仕事がたのしいというのは、きっとほんの一部の人だけが享受する幻に近いものなんだよ」と言い聞かせた。

🚗

社会人2年目になった日、上司から地域イベントの企画チームに入るよう命じられた。「えー。成績にもつながらないボランティアみたいな仕事かよ〜」と心の中で悪態をつきながら、私は仕方なくプロジェクトメンバーに加わった。

ある夜、イベント準備のためにプロジェクトリーダーの先輩と残業をしていると、先輩が唐突に聞いてきた。

「次のイベント、なにかアイデアある?」

20時のオフィスには私たち2人だけで、時計の音がチクタクとフロアに響いている。

「うーん。前回と同じでいいんじゃないですか〜。営業の仕事もあるし、正直、あんまり労力かけられないですよね。この仕事、上司に言われたからやってますけど、本当は全然希望してなかったですし......」

つい、こぼれた本音。ほどよく疲れて麻痺した頭、そして20時という時間帯が私を饒舌にしていた。しまった! と思ったときには、時すでに遅し。

先輩はちょっとびっくりした表情を見せ、でもそのあとすぐ優しい顔に戻って諭すように言った。

「サラリーマンだとやりたくない仕事もたくさんあるよね。でも、やらされ仕事のうちは、いつまでたってもおもしろくないんだよ。与えられた仕事の意義を自分なりに見出して、意思をもって仕事をしないと」

.......。

やさしいトーンの言葉だったけれど、頭にピシャっと冷水を浴びせられたようだった。だって、痛いところをつかれたから。日々のTO DOに追われるうち、私の頭は思考停止し、熱を失っていた。まるで意思のないロボットのように、ただただ目の前の仕事をこなすだけマンになっていたのだ。

「先輩......。私、一生懸命やってきたことに嘘はないんです。でも、毎日に精一杯で......。自分の意思なんてまったくないまま、今日までやってました」

静かなオフィスで、私の懺悔だけが宙を浮いている。

「まだ慣れないことも多いと思うし、急に言われても簡単じゃないよね。でも......」

先輩は手元に目線を落とし、作業を続けながら言った。

「目の前の仕事をだれかのものにさせない。仕事を自分ごと化して、こうしたい、あぁしたいって意思をもって進めていく。そうすると、見えてくるんだ。やらされ仕事とは、ちがう景色が」

その言葉を聞き、私はそれまでザクザク雑に動かしていたハサミを握り直した。そして、残りの装飾物をていねいに切った。

帰り道、車の中のラジオでは「仕事が楽しくない」というお悩み相談がとりあげられていた。乾いた声のパーソナリティーが言う。

「レンガ職人の話知ってます? 同じレンガを積むという作業を、ある人はただのつまらない労働ととらえ、ある人は教会をつくるための意味ある仕事ととらえる。あなたのとらえかたで現実は変わるんですね。」

さっき先輩が話していたことが、すぅーっと腹落ちしていくようだった。

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その夜以来、私は仕事にオーナーシップをもつ努力をはじめた。これまでなんとなくやりすごしていた地域イベントの準備も、自分のプロジェクトとしてとらえなおし、率先してアイデアを出す。

みんなに喜んでもらうためにはどんな仕掛けができるかな?
地域イベントを支店の売上アップに結びつけるためにはどんな方法があるだろう?

突き詰めればつきつめるほど、自分のうちから「もっとよくしたい」が湧いてきた。

「この商品のよさを伝えるなら、やっぱり体験が大事ですよね。商品開発のチームにも協力してもらいません?......そしたら私、交渉のための資料、つくりはじめます!」

やらされ仕事だったときは単調だった日々にみずみずしさが生まれていた。気づけば、文化祭前日のような熱量で仕事に向き合ってる自分がいた。

そんなふうに試行錯誤を重ねてつくりあげたイベント当日。部署の垣根を越えた協力者を率いて、、私たちは予想をはるかに超える数のお客さんを迎えた。会場にあふれる笑顔や熱気。これらは、まちがいなく私たちの意思が創り出した景色だ。

会場を忙しくかけまわっていると、同じように忙しく走り回る先輩とすれ違った。

「ねぇ、たのしいでしょう?」
先輩の目が聞いている。

「はい、すごくたのしい!」
私はとびきりの笑顔を見せた。

その日の帰り道、体はいつもとは違うタイプの重みに包まれていた。それはきっと、仕事の充実感が体を満たすという初体験。

むこうで沈んでいく夕日が、私の顔をオレンジ色に照らしていた。大学生の頃に描いていたキラキラOLとはちがうかもしれない。でも、その瞬間、私は確実に輝きを放っていたと思う。

🚗

それからたくさんの時間が流れ、私は社会人8年目になった。はたらく中で培ったさまざまな教訓が、ミルフィーユのように何層にもなり、今の私をつくっている。

その1番底にあるのが、新人時代にあの先輩から教わった教訓だ。「意思のあるところに仕事は開ける。意思だけが、目の前の現実も、人をも動かしていく」。8年経った今も、ずっと私の基礎になっている。そして、それが誇らしい。

先輩はあれから異動し、私も転職してしまったから、もう会うことはない。

けれども。
意思をもって仕事をする。
この姿勢を貫いていれば、この先のどこかでまた先輩と一緒に仕事ができる気がしている。

もし、また先輩に会えたのなら伝えよう。今日も先輩から教わったことをにぎりしめていることを。

そして、毎日いろいろあるけれども、やっぱり「はたらく」は楽しい。そう思えるのは、8年前の先輩の言葉があるからだということを。



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