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眼鏡を買い行ったら店員のおじさんにオタバレし弱虫ペダルの眼鏡を買うことになった話

 5年以上前の話。

 ある日、眼鏡のツルの部分が取れてしまった。
 予備の眼鏡も持っていないため、本来であれば早急に眼鏡屋に行くべき事態。しかし、極度の先延ばし癖がある私は、眼鏡屋に行くのが面倒臭かったので、セロテープと輪ゴムで無理矢理ツルを固定し、壊れた眼鏡をそのまま使用していた。一応補足させていただくと、外に出る時は必ずコンタクトを着用しているので、壊れた眼鏡で外出はしていない。

 母からの「それはどうなん」という小言を交わしつつ、ホグワーツ入学前のハリー・ポッターのような眼鏡で数週間ほど過ごしていたのだが、一泊二日で行われる会社のイベントに参加する羽目になってしまった。新入社員だったため、カメラマンという名の無料コンパニオンとして招集されたのだ。(その会社は後に辞めた。)
 ホテルは同僚と先輩との3人部屋。どうしたって眼鏡姿を見られてしまうだろう。セロテープと輪ゴムで補修した眼鏡をかけている社会人が、客観的に見て良い印象ではないことは流石にわかる。いよいよ新しい眼鏡を買うことにした。

 平日の仕事終わり、途中下車して駅から一番近い眼鏡屋さんへ向かった。

 店内に入ってすぐ、恰幅のいい中年の男性店員に「ご購入がお決まりでしたら、先に検査をどうぞ」と案内された。恐らく検査室が空いていたので、他の客が来る前に済ませておきたかったのだと思う。
 事前に眼科で処方箋を書いてもらっていたので渡した所、日常生活に合わせてレンズの度数を調整することを提案された。私はドのつく近視(-9.0の乱視混じり)なのだが、「度数が強い眼鏡をずっとかけていると目が疲れるので、家の中でしか眼鏡をかけないのなら少し弱くしてもいいのではないか」ということだった。
 そういうことならと、そのまま声をかけてくれた店員さんに視力検査をしてもらい、レンズの仕様を決めるための問診を受けた。

「日常的にパソコンを使われますか?」
「はい」
「ではブルーライトカットレンズにした方がいいかもしれませんね」

「小説など、本はよく読まれてますか?」
「はい」
「細かい文字まで読めるように度を合わせると、慣れるまではしんどくなったりするかもしれません。どうしますか?」

 といった具合にヒアリングを受けつつ、日常生活との兼ね合いを考慮しレンズについて決めていく。親身になってくれるいい店員さんだなぁと感謝しつつ、私はどこかソワソワモジモジしていた。だってこんなのオタクの炙り出しじゃん。

 「絵を描いたりはされますか?」
という質問に
「あーーー、そうですねごく稀に…」
と歯切れ悪く答えると、店員さんがほんの一瞬考え込むように固まった。私がオタクだと確信したのだろうな、と直感でわかった。

 少し恥ずかしくなりつつも、私の頭の中に一はつの確信めいた考えがあった。この店員さんもオタクでは?
 オタクには特有の話し方や仕草がある。それはオタク同士ならより敏感に感じ取れる。店員さんの話し方や雰囲気からオタクの気配をビンビンに感じていた。
 とはいえ、安易に踏み込むことはしなかった。店員さんとは年齢も性別も違う。オタクを晒した所で話は合わないだろう。

 諸々の検査が終わり、フレームを選ぶ段階となった。私のように近視が強いと、どう足掻いてもレンズにそれなりの厚みが出てしまうため、選べるフレームも太縁のものに限られる。
 店内の太縁眼鏡を端から見て回っていると、先ほどの店員さんがいくつかフレームを見繕い持ってきてくれた。
「ここら辺ならレンズもうまくハマると思うので、どうでしょう?」
 トレーの上には6つほどのフレームが並べられていたが、私はその内の一つに釘付けになってしまった。レンズに「弱虫ペダル」のロゴシールが貼ってあるんだが。

 これは私を試してるのか?それとも店員さんはアニメについてよく知らず、単に合いそうだから持ってきただけ?弱ペダのファン層って圧倒的に女性が多いし、飛びついた所でおじさんは弱ペダ知らないかも。
 束の間グルグルと考えたが、ここは軽く「えー、これ弱虫ペダルじゃないですか!?」とジャブを打って店員さんの出方を窺うことにした。

 「え、これw弱ペダwwwデュフwww」
 本当は爽やかにサラッと言いたかったのだが、焦りもあってデュフってしまった。ただでさえ早口のオタク口調なのによ。

 店員さんは嬉しそうに「おっ、それは真波くんのモデルなんですよぉ」と答えた。
やっぱりおじさんもオタクじゃねーか!

 「私はクライマーが好きなので、『突破するっきゃないっショ』って言いたいんですけどねー。生憎売り切れてしまって」
私が弱虫ペダルを知っていることを前提として、嬉々として話始めるおじさん。まぁ知ってるけど!

 「私もクライマーが好きですけど、一番好きなのは巻ちゃんじゃなくて手嶋さんですね」
私がそう答えると、店員さんは一時停止した後、「なるほど」と呟き裏へ引っ込んでいった。もしかして手嶋純太モデルを持ってくる気か?

 予感は的中し、ホクホクした顔で戻ってきたおじさんは「いやーこれラスト一個でした!」と手嶋純太モデルの眼鏡を差し出してくれた。
「『ティータイムだ』つってね!」
めちゃくちゃオタクだなこの人。

 「ただ、ちょっと大きいかもしれません。」
試しにかけてみた所、なるほど確かにゴツくてデカい。
「お客様ぐらい近視が強いと、レンズのカーブも大きくなってしまうので、実際に焦点が合う所は眼鏡の中心部分しかないんですよ。これくらい大きいフレームだと、鼻メガネ気味にズラしてかけないと焦点が合わなかったり、斜めを見た時の湾曲が大きいんです。なので本来だと、もう少し小さいフレームにして、カーブしている部分をカットしてしまった方が理想です。」
眼鏡に対してはどこまでも真摯な店員さん。なんと信頼できる人だろうか。4歳の頃から長年眼鏡をかけているが、ここまで知識があって丁寧に考えてくれる店員さんに出会ったのは初めてかもしれない。
 
 弱虫ペダルについて軽く話し、私が舞台から入ったことを伝ると、店員さんの口から「いやー僕も昔はよくテニミュ観に行ったりしてたんですけどね」と驚きの言葉が飛び出した。
「え、私いまのテニミュ(当時は3rdシーズン)にハマってて、毎公演複数回行ってますよ!」と、もはや眼鏡に関係のないオタク話で大盛り上がり。
 今となっては詳しい話の内容は忘れてしまったが、おじさんが「テニミュとペダステとハイステがあれば生きていける」と言っていたのは覚えている。あと最終的に「遂におお振りの舞台化が決まりましたね!」という話になったのも。
 そしてこれは私の推測でしかないが、おじさんの随所から腐男子の香りがした。

 内心、(仕事中にこんな関係のない話をしていて大丈夫なのか)と気になったが、他に客もおらず、店員さん本人もノリノリで話している様子だったので、恐らく大丈夫だったと思いたい。

 その後ほかのフレームもいくつか試したが、「ここまできたら手嶋純太モデル買うしかなくない?」という心の声に従い、手嶋純太モデルに決めた。フレームの大きさについて気にはなったものの、せっかくなら身につけていてテンションが上がるものにしたかったし、わざわざ在庫を探してくれた店員さんの気持ちに応えたいという気持ちもあった。

 「やっぱり手嶋さんのにします」
そう伝えた所、おじさんは再度裏に引っ込んだかと思うと、
「よろしければご一緒に青八木は如何ですか?」と青八木一モデルの眼鏡を携えて戻ってきた。ポテトじゃねぇんだからよ。
(眼鏡を2個作るつもりはなかったので流石に断った。)

 眼鏡の受け渡しは後日となるため、その日は支払いを済ませて帰った。
 翌日、眼鏡屋から電話がかかってきた。なんでも「ブルーライトカットレンズにすると、予定日までに間に合わない。ブルーライトカットを諦めて予定日を優先するか、予定日より遅れてもいいからブルーライトカットにするか、どうする?」という確認であった。
 社内行事までに受け取る必要があったのでブルーライトカットは諦めたのだが、その電話口でおじさんから「工場からは『この近視の強さなら、フレームは違うやつの方がいい』と言われましたが、『この方はこのフレームで作りたいんです!』って伝えて通しといたので!」と言われて笑った。サンキューおじさん。

 受け取りに来店した際も、順番待ちの結果偶然おじさんに接客して貰えたのだが、「今日は上司がいるんであんまり無駄話できないんですよ」と言われた。やっぱり前回の眼鏡に関係ないオタトークも本当はダメだったんだろうなぁ。

 帰り際、おじさんは「お見送りします」とわざわざ外まで一緒に出て、「普段は〇〇っていうオタクバーにいるんで」と教えてくれた。
 「機会があったら行きます」とは答えたが、今に至るまでそのオタクバーには行っていない。人見知りにはハードルがあまりにも高かった。

 その代わりと言ってはなんだが、その後も何度かその眼鏡屋さんへ行ってみたが、あの店員さんと再度会うことはなかった。異動されたのかもしれない。(家族に店員さんの話をした上で「丁寧ないい店だから!」とお勧めし、姉と母もその店で眼鏡を作ることになったのでフレーム選びに同行した。)

 だいぶ古くなってしまったが、私は今でも手嶋純太モデルの眼鏡を使っている。

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