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16) 起きたらまずカメムシと戦う女(26歳)

前回のはなし

オーストラリアから帰国し、次なる目的地を(なんとなく)カナダにさだめ、住み込みで資金集めを始めた。まだ26歳。たぶんまぁなんとかなる。心も体もやる気十分である。

しかしながら村で暮らし始めて数ヶ月後、私は避けられない強敵と出会うこととなった。

カメムシである。別名「クサムシ」ともいう。
刺激すると悪臭を放ち、お風呂にでも入らない限りニオイはとれないクサイやつ。
田舎に住んだ経験のある方にはなじみのある虫かと思う。

私が住んでいた温泉街のある山奥では、秋の到来とともにどこからともなく大量にやってくる。寒い日には温かい室内に侵入し暖を取るらしい。

山のすぐそばにある寮でも、だいたい朝目を覚ますと天井、壁、窓…など、視界に入るだけでも5匹以上は散歩している。たぶん窓や換気扇の隙間から侵入してくるのだろう。そして我が物顔で部屋中を飛び回る。本当にイライラする。

そういえばこの寮に初めて足を踏み入れたとき、部屋の窓枠に残されたガムテープの跡のようなものを目にして落ち着かない気分になった記憶がある。

秋を迎えた今なら分かる。
この窓枠の不可解なテープの跡は、かつての住民がカメムシとの死闘を繰り広げた跡に違いない。隙間という隙間を埋めつくし、敵の侵入を拒んだのだろう。しかしその防衛線は長くは持たなかったのだと思う。

カメムシが壁を這うようになってから見上げることが増えて、よく見ると天井にもガムテープの切れ端が残っていることに気がついた。一度剥がそうと思ってテーブルに乗って顔を近づけたが、よく見るとガムテープの端からカメムシの顔が覗いているのに気がついた。

これは死んでいる....?

私は伸ばしかけた手を引っ込めて静かにテーブルから降りた。
目閉じて心を落ち着ける。田舎の秋は厳しい....

カメムシはゴキブリより厄介だと思う。
ただただ正面から立ち向かえば良いゴキブリと違い、ニオイをつけられないよう冷静に対処する必要がある。

せっかく遠路はるばくやってきた温泉宿で、異臭を放つ中居さんに迎えられたら?
考えるだけでお客さんがかわいそうだ。宿のレビューにも「カメムシくさい」と書かれてしまう。

そういうわけで朝はカメムシとの静かな戦いから1日が始まる日々だった。

カメムシには申し訳ないが、こちらも死活問題だ。
逃せばまた暖を取りに戻ってくる。放置すればカメムシ部屋と化し、私は悪臭をまとい続けることになるだろう...。
そういうわけで、この土地で得た生活防衛術は「カメムシを静かに逝かせる」であった。

ちなみにカメムシは自分が発したニオイが強烈すぎて自滅することもあるらしい。それに関してはちょっと不憫だなぁとは思う。

余談だが「バビルサ」というイノシシの一種は「自分の死を見つめる動物」と呼ばれており、自身の牙が成長しすぎると脳天に突き刺さって死ぬ運命にあるという*。
自分の発した匂いで死んでしまうカメムシは、自分のニオイを見つめ直して最後を迎えるのだろうか。本人もさぞ無念だとは思う。しらんけど。

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