「究極」、9周年 #きゅーふらいと に寄せて

隅田川の川べりと会場の間を往復するというバカみたいな路程を消化して、私は寺嶋由芙さんに会いに、雷5656会館なる場所にいた。
なんでそんな往復をしたのかは省略する。私にもわからない。川の妖精たちに誘われたんだと思う。

そういうわけで、無駄に長い路程を歩き終えたヲタクに、さらなる試練が待ち構えていた。ホールは5階なのだ。そしてエスカレーターも存在しない。
着席ライブで鈍った体に、高嶺(物理)の花たる推しは素敵な試練をくれた。運動不足ですすみません。
のぼりきると既に開場済みのホールから、そわそわとした声が聞こえてくる。聞き覚えのある声も、ない声も、懐かしい声も、皆同じものを待っている。
そうそう、ライブってそうよね…同じ目的のもと集まった人たちが所狭し、ぎゅうぎゅうに座っている。良い空間だ。
そしてここは3年前、新型コロナウィルスが猛威をふるいはじめたあの年、会いたかったのに、来たくても来れなかった場所。
もう一度この場所を、みんなで楽しめるように。寺嶋由芙チームの強い意志を感じる。

そのうち、暗転とともに聴き慣れたメロディが開演を告げる。
緞帳が上がれば、真っ白な衣装の推しが、やっぱり聴き慣れた歌詞を歌い上げる。『好きがこぼれる』!
この日から声出しを解禁されたヲタクが、水を得た魚が如く活き活きとコールを打つ。興奮がドッと客席を埋める。室温が上がった気すらする。
ステージの推しもまた「そうそう、こうだったね」とでも言いたげな、愉快さと苦笑を少し混ぜた笑顔でバカ騒ぎに向けて歌っていた。

ゆるキャラを呼び込んで3曲。
きゅるきゅるぽよぽよのトコろん、あまりにもダンスが上手いはねぴょん、そして推しがアイドルとして生きる長い間をずっと推しに寄り添っていたうなりくん。
ひとときのゆるく穏やかな空間もまた寺嶋由芙現場ならでは。緩急自在な魅せ方は経験値がなせる技。
きちんと各キャラさんにPRもしてもらって、続くPRは9年を経て大人になった寺嶋由芙のターン。
お召し物を変えておしゃれな曲だってできるんです!と、したり顔の推しが余裕の歌声で畳み掛ける。
怒涛のメドレーで再度ヲタクはボルテージマックス。時にはクラップで応じ、彼氏ができれば「オレモー!」と言い、結婚願望が止まらなくなれば「オレモー!」と応える。そこに男女の別も既婚未婚も関係ない。コールは脊髄反射。Don't think, feel.
メドレーの最後には、切ない歌詞がアカペラでこだまする。聞こえるのは推しの声だけ。胸を打つほど未練がましくて、苦しいくらい後ろ髪を引かれる歌詞。身勝手なほど思い出す失恋の歌。
しかしBGMが戻ればもう知ったことかとヲタクが彼氏ができたアピールを始める。生で聞いても訳がわからない光景。寺嶋由芙さん、ほんまにこれでええんか?うん楽しそうだから良いや。

さらにアップテンポのコール曲がかかれば「良かったねえ!」とママのようにヲタクをあやす推し。おぎゃおぎゃとヲタ芸に走るヲタク。
かと思えば、3年前生まれた『#ゆーふらいとII』でエモに落とし、続く『天使のテレパシー』で癒しをくれる推し。にこにこと和むヲタク。

突然、『天使のテレパシー』のラストがぐるぐるとループを始めた。
場内は一瞬混乱。推しも不意を突かれた顔。しかしそこで止まる推しではない。
すぐにトラブルを察し、くしゃりと笑えば、ヲタクは勝手に喜びの声をあげる。歓声が回り続ける音源をかき消せば、推しがくるりと回って無事曲を終えた。
トラブルを詫びつつ「またメドレーかと思った」と茶目っ気たっぷりにカバー。ステージの上に1人だとすべての事象を表に立ってやり切らねばならない。ソロ、すごい。

気を取り直して歌い始めたのは『わたしになる』。初めてのアルバムのリード曲。あれからもずっと年月を重ねて、今、寺嶋由芙になったものたち。
知らなかった頃の推しを惜しむのももうもったいない。今これからも寺嶋由芙は寺嶋由芙になり続けている。
一心不乱に追っていればいいのだ、これからも。単純だけど幸せだ。ヲタク冥利に尽きる。

とびきりの衣装のまま『仮縫いのドレス』。ヲタクの顔を愛おしそうに愉快そうにひとりひとり眺め、時には愛のあるサービスをしながら、そよ風のようにヲタクの間を渡っていく。
見える景色は年月を経れば変わっていく。だけど進んだ足跡には、ちゃんと「物語としての寺嶋由芙」が残っている。
私たちはただの観測者で、でもたまに、その物語が楽しく進むことを応援したい。

これまたご無沙汰なヲタクの声がするアンコール。『初恋のシルエット』を歌い終え、素敵なお知らせの後に、とんでもない告知が現れた。
スクリーンに見知った神の顔。沸き立つヲタク。戸惑う推し。読み進める推し。声が途切れる推し。スクリーンは新たなお知らせを映した。
いつもなら「泣いてない!」と強がる推しが、何も隠さず涙を流していた。

一部ヲタクの大号泣も落ち着いた頃、推しもまた潤んだ目のまま『ぜんぜん』。
久しぶりに焼くパンケーキはとてつもなく甘く爽やかで、一生食べていたいくらい楽しい。何を載せても何をかけても自由だ。
ダブルアンコールはゆるキャラたちを再度呼び込んで、3体の飛行機とともに『愛ならプロペラ』。
かつてこの曲を披露した時、まだジャンボジェットではないけれど、プロペラ機くらいには、と語る推しがいた。
既に何年もの思いを背負った推しは、十分ジャンボジェットだって操縦できる気がした。もうずっと、ヲタクのクソデカ感情もたっぷり載せて飛び回ってくれている。

ああ良かった、今度こそこの場に来れて。満面の笑みのゆふちゃんでいてくれて良かった。
これから先、何年だって、もっと笑顔でいてくれますように。