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アクティブライフ・シティ ~新しい生活様式を支える地域デザイン~

 新型コロナウイルス感染症の猛威は続き、英国型と呼ばれる変異種の拡大に伴って第4波が到来しました。そのため人々は、ワクチンン接種が終わるまで、どこに潜んでいるかわからないウイルスとの共存を前提とした、「新しい日常」(ニューノーマル)の生活様式を強いられることになりました。
 ニューノーマルの生活様式で重視されるのは、第一に「健康」であり、その先に見える「幸福」です。岩手県の「いわて幸福白書2020」においても、幸福を判断する際に重視する事項として、県内在住の18歳以上(n=5000)の70.8%が「健康状況」を最重要項目として選んでおり、その後に「家族関係」、「家計の状況」、「自由な時間・充実した余暇」といった項目が続きます。
 2021年に「英国スポーツ医学ジャーナル」(British Journal of Sports Medicine)に掲載された論文(注1)によれば、身体活動(Physical Activity)を習慣化している人は、そうでない人に比べて、新型コロナウイルスに感染して集中治療室に入る確率や、死に至る確率が統計的に低いことが判明しました。運動をまったくやらない人は、1週間に150分以上運動をする人に比べて、集中治療室に入る確率が1.73倍、死亡する確率が2.49倍も高いことが報告されているのです。さらに、日常的に運動をすることで、新型ウイルス感染症に対する身体的なレジリエンス(回復する力)を高めることが可能となることが明らかになりました。
 そこで以下では、幸福の原点となる健康を維持し、日常生活の中でレジリエンスを高めるために必要な身体活動の機会や場所について、地域デザインの視点から考えてみましょう。ちなみに地域デザインとは「まちの課題解決に必要な仕組みをつくること」であり、スポーツまちづくりにおいては、運動を誘発する様々な場づくりと仕組みづくりのことを意味します。

身体的なレジリエンスを高めるアクティブな生活
 健康と幸福を実現するためのキーワードのひとつに、「アクティブ」という概念があります。ひじょうに抽象的な概念ですが、それが<ライフ>と接続して「アクティブライフ(Active Life)」や、<シティ>と接続して「アクティブシティ(Active City)」、そして名詞の<リビング>と接続した「アクティブリビング(Active Living)」という言葉になると、具体的なイメージが広がります。
 コロナ禍の前は、郊外の家からバスで最寄りの駅まで移動し、そこから1時間以上満員電車に揺られてターミナル駅に到着し、次の電車に乗り換えて会社に到着するのが毎朝の日課で、仕事が終わった後は、逆のルートで、職場の仲間と一杯飲んで気勢を上げ、郊外に向かう満員列車に乗って家路につくのがオールドノーマル(古い日常)でした。しかしリモート勤務が一般化した現在、人々が日々の生活に求めているは、日常の生活圏域で、幸せと健康を獲得するため、そして身体的なレジリエンスを高めるためのアクティブな生活なのです。
 アクティブに生活することを意味する「アクティブライフ」は、日々の生活の中に、徒歩での買い物や、自転車での通勤といった、身体的な活動が組み込まれている「生き方(way of life)」を意味し、最近では、アクティブな生活を可能にするための「まちづくり」や、新しい交通システムの構築を目指す「MaaS」(Mobility as a Serviceの頭文字で「サービスとしての移動」を示す)とも深く関わってます。

政策課題としてのアクティブライフ
 アクティブライフを誘発するには、「場づくり」と「仕組みづくり」の複眼的視点から地域をデザインする必要があります。前者は、安全に快適に歩くことができる歩行者ファーストの歩道整備や、自転車レーンの整備、そして近隣の運動環境の整備などです。WHO(世界保健機関)は、身体的にアクティブな生活をするには、(18歳から64歳の場合)週150分程度の「やや強度」な、あるいは週75分程度の「強度」な有酸素系の身体活動が必要と指摘しています。身体活動の例としては、レクリエーションや余暇時間に行われる活動、移動(ウォーキングやサイクリング)、職場での仕事、ゲーム、スポーツやエクササイズなどに加え、ガーデニングや掃除、そして片付けや家事等、日々の生活の文脈の中で行われるすべての活動を含むのです(注2)。
 よってアクティブライフを政策として議論する際は、従来の「健康」か「スポーツ」か、といった視野狭窄的な見方ではなく、「身体活動」という横断的かつ幅広な視点が必要とされます。これは行政組織においても同じで、アクティブライフの推進においては、例えばウォーキングは健康課、野球やテニスは施設を管轄するスポーツ課、といった業務の仕分けで議論が進むと、政策全体の展開が見えにくくなるため、部署間連携による組織横断的な対応が必要となります。

アクティブライフに関する行政の取り組み
 アクティブライフを政策課題とする自治体の数はまだ少数ですが、その中で山口県宇部市では、「アクティブライフ宇部」の実現を目指しています。「動く」「楽しむ」「守る」「食べる」という4つのテーマと、「健康づくり」「ひとづくり」「まちづくり」という官民協働のテーマを組み合わせたマトリックスを使い、様々な具体的な事業を展開しています。その中で、「まちづくり」×「動く」については、ウォーキングマップやウォーキングパスポートといった施策が提示されていますが、この部分の取り組みが今後の重要なポイントとなるでしょう。
 ウォーキングで歩いた距離をポイント化して、達成度に応じて景品や認定シールを配布する事業は全国で広く実施されていますが、その中で、スマートフォンのアプリを用いた横浜市のYWP(よこはまウォーキングポイント)事業は、成果のエビデンス化という点において先進的な事例です。本事業の参加者と未参加者の比較では、60歳代の3年連続参加者の中で、高血圧を新規発症した割合は26.30%であり、未登録者の 29.99%に比べて、3.69 ポイント低いことが明らかになりました。これを年間医療費の抑制額に換算すると約9千万円に相当すると報告されています(注3)。今後、新しい日常の生活様式が定着する中で、どのようにしてアクティブな生活を送ることができる環境やナッジ(nudge)を整備するかは、重要な行政課題なのです。


1. Sallis R, et al. Physical inactivity is associated with a higher risk for severe COVID-19 outcomes: a study in 48 440 adult patients. British Journal of Sports Medicine, 2021;0;1-8.
2. WHO: Global recommendatios on physical activity for health https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/44399/9789241599979_eng.pdf;jsessionid=A7B2A24EE96818E61E13387BC8301601?sequence=1
3. 横浜市記者発表資料:https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/koho-kocho/press/kenko/2020/1221ywpkensyo.files/0001_20201217.pdf

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