続く日々
今日で17歳が終わる。
そんな事を考えながら、教科書から目を上げ、なんとなく窓の外を見た。
「あ」
学校の入口にある大きなイチョウの木。その最後の一葉が風に舞ったのを見て、思わず声を出してしまった。
「おおい、どうした、何か質問か」
あごひげをはやしていて、唇が薄い現代国語の先生が、あからさまに眉間に皺を寄せながら言った。私は見たことがないが、休日はサングラスをかけて出かけているらしい。
「すみません、なんでもありません」
私は謝った。
先生は頷き、私が見ていた方を見た。
「そうか、オー・ヘンリーか。いつも本を読んでいるのは、国語の教師として大歓迎だ。でも授業は聞いてほしいな。これでも先生、ちょっぴり悲しくなるんだよ」
教室のあちこちで下を向きながら笑いをこらえている人がいた。
「あ、普通に笑ってくれてもいいところだったんだけどな。それと、オー・ヘンリーの『最後の一葉』はいい話だから、読んだことがないならおすすめするぞ。最後の一葉が散る話じゃないからな」
その物語のラストを知っていたけど、私は17歳最後の日に、最後の一葉が舞い散ったのを見たのが、なんだか寂しくて授業に集中できなかった。
「今日はまっすぐ家に帰ってゲーム配信するから、よかったら見てくれない。アイテム投げなくてもいいから、なんなら見なくても聞かなくてもいいから、俺のチャンネル開いといてくれない。誰か一人でも視聴者がいるといないとではぜんぜん違うんだよ」
隣の席でモンがクラスメートに手を合わせながら話しているのを聞き流して、バックに教科書やノートをしまった。
「ねえ潤、ドーナツ食べに行こ。新しくできたあの店、そろそろ落ち着いて食べれそうな気がするんだけど」
立ち上がろうとすると、机の隣にしゃがんで、両手をちょこんと机に乗せて、美杜が言った。
「うん行こう。私も食べてみたいって思ってたから」
「ほら、じゃあ早く行こうよ」
美杜は立ち上がって私を急かした。いつもはおっとりしているのに、こういうときは機敏になる。特にドーナツを食べに行くときは。
「あら、おふたりさん。私を置いてどこへ行こうとしているのかしら」
あっちゃんがルパン三世の峰不二子の真似をしながら言ってきた。
「ねえ不二子、今日の名言は」
美杜が言った。
あっちゃんは数秒、視線を斜め上にして、なにか思いついたらしく、不二子の声でこう言った。
「笑顔を絶やさないことがいい女じゃないの。自分に正直でいることがいい女なの」
美杜はおおと言いながら何度かうなずいた。
「あ」美杜が何か思い出したらしい。「潤、わたしから誘っておいてごめん。ドーナツ食べに行くの、明日にしよ」
それを聞いてあっちゃんも思い出したらしい。
「そっか、そうだよね。潤は明日、大丈夫かな。家族や他の人との用事入ってないの」
「晩ごはんの時間までに帰れば、大丈夫だと思う。家族がいちおう祝ってくれるみたいだから」
私は二人にじゃあ明日、楽しみにしてるねと言って、家に帰った。
次の日の放課後、美杜とあっちゃんと私はドーナツショップにいた。
ファンシーなパステル調の内装。私は正直、こういうお店は苦手だ。けど、美杜とあっちゃんと一緒ならそういうことはどうでもよくなる。
向かいの席では美杜が、ずっとニコニコしながら食べている。3人それぞれ違うドーナツを2個ずつ買い、1つのドーナツを3つに分けて、それぞれの皿に置いた。
「ねえ、これ美味ひぃね」
美杜が頬張りながら言った。
「うん美味しいよね。でもほら、ちゃんと食べないとまた喉につまらせるよ」
あっちゃんが笑顔で言った。
「はーい、お母さん」
「お母さん、ではない」
二人の微笑ましいやり取りを見ながら、コーヒーを飲んだ。思ってたより美味しい。期待していなかった本を読んだら、意外とおもしろかったというのに似ている。
「潤はどれが好き」
美杜が聞いてきた。
「プレーンが美味しいなって思った」
「潤、わかってるねぇ。プレーンが美味しいドーナツショップは他のもだいたい美味しいんだよ」
「あ、あれでしょ、卵が美味しいお寿司屋さんは間違いないみたいな」
あっちゃんが言った。
「いや、あっちゃん、ちょっと違うかな」
私が言うと美杜も続けた。
「うん、それはなんかちょっと違う感じがする」
「ええ、そ、そうかな。それはそうと、隣の席に座ってるの、しろさんだよね」
言いながらあっちゃんが隣の席を横目でちらっと見た。
美杜と私も何となく見ると、春に漫画雑誌で新人賞を受賞したしろさんが座っている。向かいに座っているのは担当の編集者さんだろうか。スーツではなくカジュアルな格好だけど、すっと背中が伸びてて、なんだかかっこいいなと思った。
しろさんが書いた漫画だろう。ページをしろさんに向けてテーブルの上に置いて、ここはもう少し強い言葉がほしいとか、ここのこのセリフ素敵だとか言ってる。次回作のことを話しているのだろう。
「リンさん、あの、ここのカットなんですけど、必要でしょうか。いるようでもあり、いらないようでもあり、迷いながら入れたんですけど」
しろさんが真剣な顔で言った。
リンさんと言われた編集者さんらしき人はううんと考えたあとに言った。
「必要だと思うな。むしろこのあとの主人公のセリフと行動を暗示している、大事なカットだと思う」
「ありがとうございます」
「プロみたいだね」
美杜が小声で言った。
「いや、しろさんはもうプロなんだよ。賞金もらってるし、たしか雑誌掲載時にはさらに印税が支払われるって書いてたような気がするし。お金をもらってるってことはプロなんだよ」
私も小声で言った。
「え、潤、漫画描いてるの」
あっちゃんが驚きながら小声で言った。
「ううん。しろさんが受賞したって聞いて、掲載された雑誌を読んだときに、どんな新人賞なんだろうって見てみたの。私は漫画は描けないよ」
私は手を振りながら答えた。
3人の皿の上のドーナツがなくなり、そろそろ店を出ようというときだった。
「潤、ハッピーバースデー」
あっちゃんが赤いリボンがついたプレゼントを私に差し出した。
「あたしと美杜、ふたりからね」
「ひとりずつじゃなくてごめんね」
美杜が眉間に皺を寄せてすまなそうに言った。
「ううん。ありがとう」
私は受け取って、今ここで開けていいかと聞くと、ふたりはうなずいた。
中から出てきたのは、ブックカバーだった。しかも私が欲しかった、全てのサイズに対応できるものだ。
カバーするときは少し手間がかかりそうだけど、文庫でも出版社によって微妙にサイズが違ったり、文庫以外のサイズそれぞれに合ったブックカバーを買うのは、高校生にはさすがに厳しい。
「ありがとう。これ、本当に欲しかったの」
自然と笑顔になっていた。
「ほんとはね、文庫サイズの本革のにしようと思ったんだけどね、潤、いろんなサイズの本を読んでるなぁって思って」
美杜が言った。
「潤はこういう落ち着いた色の方がいいって、美杜が選んだんだよ」
あっちゃんが言った。
「ありがとう。大事に使うね」
「じゃあここで今日の不二子の名言を」
美杜が言った。
「なんでこのタイミングなのよ」
とすでに不二子の声になってあっちゃんが言った。
「いいじゃん、だって今日はまだ聞いてないもん」
あっちゃんは残ったメロンソーダを飲んで言った。
「言葉が強い女が強い女じゃないの。言葉が強い女はただのキツイ女。強い女っていうのは挫けない女のこと」
美杜はおっさんみたいに、両目をギュッとつむってくうっと言った。
あっちゃんと私はそんな美杜を見て笑った。
帰りの電車に揺られながら私は思った。
もう昨日みたいに、誕生日の前の日に寂しくなることはやめよう。誕生日は感謝を伝え、喜びを感じる日ではあるけど、通過点に過ぎない。
私が生きている限り、日々は続くんだ。
家に帰ったら、お父さんとお母さんにありがとうと言おう。
そして、このブックカバーをつけて本を読もう。
大人になっても、このことを忘れない大人でいよう。
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