見出し画像

※この物語はホラー要素・怪談要素が含まれます。苦手な方はご遠慮ください。

 八月も終わりだと言うのに最高気温は30度超えの日々が続いていた。私とTは、お互い仕事が休みの日に、スーパーで何種類か酒を買い、私の部屋に入った。エアコンをつけっぱなしにしていたので、心地よい。とはいえ喉が渇いていたので、二人で袋からとりあえずビールを出して、缶のまま、おざなりに乾杯をして飲んだ。
「知ってるか、日本では年間に8万5千件の行方不明届が出されているって」
 Tはそう言って残りのビールを一口飲んだ。
「なんだよ、いきなり物騒な話だな」
「最近動画で見た都市伝説なんだけどさ。まあ聞けよ」
 そう言うとTは話し始めた。
 
 で、その行方不明届が出された人のうち、7万人は一週間以内に発見されるそうだよ。それで残りの1万5千人のうち、大半はその後、遅い人だと数年後とかもあるんだけど、とにかく見つかるそうだ。でも数千人は見つからないままらしいんだよ。
 行方不明者の中にはどこかに連れ去られた人もいる可能性があるし、自ら生きる意思をなくして、何らかの方法で亡くなった人もいるだろう。ただ、ほんのわずかなんだけど、奇妙な状況でいなくなる人がいるらしい。
 これから話すのは、その奇妙な状況のひとつなんだけどね。
 その人たちは家や部屋にいたのに、消えてしまったらしいんだ。そして共通しているのは、鏡がふたつ残っていたこと。
 ある人は洗面所の床に手鏡が落ちていた。ある人は鏡台の前の床に手鏡が落ちていた。ある人はテーブルの上に置くタイプの小さな鏡が置いてあって、これも床に手鏡が落ちていた。
 この人たちはたしかに家や部屋にいたらしい。一人暮らしの人もいたけれど、家族や恋人など同居していた人たちもいる。さっきまでそこにいたのに、気がついたらいなくなっていたんだ。玄関に靴やスニーカーを残したまま。財布やスマホも、まあ昔なら、ポケベルとかガラケーとかね、それらを残したまま消えてしまったんだ。
 なあ、合せ鏡はしちゃいけないって聞いたことないか。
 合せ鏡をすると、鏡の中に小さい方の鏡と自分、そして自分のほんのわずかな周囲の景色がずっと続いて映るだろ。それで、その中の何番目かは忘れたけど、けっこう奥の方を見ると、映っている自分の一人っていうか、一か所っていうか、とにかくそこが、今の自分と違う表情をしている。それは自分の真似をしている違うなにかだって。そいつを見ると具合が悪くなったり、最悪、死に至ることもある。だから合せ鏡はしちゃいけないって。
 俺が見た都市伝説では、さらにこんな事を言ってたんだよ。
 具合が悪くなったり、死に至るのは、それを見る気持ちや心の準備ができていなかったから、ショックで自律神経がおかしくなって、それが体に現れるんだって。
 でも、最初からそのつもりで合せ鏡をしてそれを見つけて、手招きすると、それは映っている無数の鏡を乗り越えて、一番前まで来るそうなんだよ。しかしそこまでだ。鏡の外にいるこっちと鏡の中の向こうとでは会話はできない。声に出しても互いに聞こえないらしい。
 そしてここからだ。
 たとえばお前が、何らかの出来事や理由で、ここにはもういたくないとか、この世界にはいたくないと思ったとしよう。その時、いま言った方法で合せ鏡をして、そいつを一番前に呼ぶだろ。そうしたら、向こうに聞こえなくてもいいから、何なら声に出さなくてもいいから、向こうにわかるようにゆっくりと、そっちへ連れて行ってくださいって心から思いながら、唇を動かすんだ。するとそいつはうなずいて、鏡の向こうからこっちへ腕を伸ばして、ものすごい力で向こうへ引きずり込むそうだよ。
 もちろん、二度とこっちへは戻ってこれない。
 ま、でもさ、いま思ったけど、だとしたらなんでこんな話が広まったんだろうな。
 本当に向こうに行ったのかどうか確かめようがないのにな。
 
「お前、自分で話して、自分で話を終わらせるなよ。最後の言葉は俺の台詞だろ」
「まあまあ、あくまでも都市伝説だからさ」
 私たちはその後、芸能スキャンダルだとか最近聴いた音楽で気に入ったものだとか、他愛のない話をして、楽しい時間を過ごした。
 
 数カ月後、Tから電話があった。
 どうやら仕事がうまくいっていないらしく、それが原因なのか上司からだけではなく同僚からも嫌味を言われたりしているらしい。今のこの時代になっても、そのようなことがされていることも驚いたが、大人になってもそういうことをする人たちがいることに腹が立った。私がそう言うとTはこう言ってきた。
「仕事のことだから詳しいことは言えないんだけど、俺が悪いんだよ。このまま仕事、辞めるかもしれない」
 その電話から数日後、Tから仕事を辞めたと連絡が来た。
 数か月前まであんなに明るく元気だったTは、人が変わってしまっていた。
 声は小さく、いつも下を見ている。私と会って話をしているときも、無理をして笑顔を作っているのがわかる。
 そしてある日から、Tに電話をしても繋がらなくなった。はじめは何か用事中だったり、トイレに入っていたり、宅配便が来ていたんだろうと思っていたが、三日後連絡がつかなくなったので、さすがに心配になった。
 その後もスマホに電話しても電話が繋がらない。メッセージを送っても返信がない。
 一週間後に、Tの部屋を訪ねてみた。チャイムを鳴らしても出てこない。開いているわけはないだろうと思いながらドアノブを回すと、ドアが開いた。
 エアコンが付けっぱしで、中から冷たい空気が流れてきた。
 Tの名前を呼んだが返事はない。念のため、物にも壁にも触れないように中に入った。エアコンの音だけが聞こえている。居間のテーブルの上にスマホが置いたままだった。おそらくすでに充電が切れているだろう。
 私は数ヶ月前のTの話を思い出した。
 洗面所に行くと、床に手鏡が落ちていた。
 
 警察に事情を話し、行方不明届を出したが、半年過ぎてもTは発見されていないし、連絡も来ていない。
 あの話は本当なのだろうか。
 確かめるだけなら。
 私は手鏡を買ってきて、洗面所で合せ鏡にした。どこかに違和感がないか、他とは違う表情や仕草や動きをしている自分がいないか探していたその時。
 手鏡に映った洗面所の鏡にTが映った。
 そして元気な時の笑顔で私に手を振った。
 私は振り向いて洗面所の鏡を見た。
 そこに映っていたのは私だけだった。

   終

※各種ライブ配信で朗読配信をされている方へ

この作品が気に入ったら、朗読配信に使っていただけませんか?
私への承諾は必要ありません。ただし、以下の注意事項をお守りください。
●注意事項●
・作品を朗読する際は、作品タイトル及び私の名前を、放送のタイトルまたは説明分に明記してください。
・作品の一部のみを読む、セリフ部分のみを読む等の抜粋は可能ですが、作品自体の改変行為は禁止といたします。
・朗読配信は、無償配信に限ります。(有料配信での朗読をお考えの方は、↓の「有料配信・実際の会場などでの朗読をご希望の方へ」をご一読下さい。)
・数回に分けて配信してもかまいません。
・任意であり、強制ではありませんが、このページのリンクを概要欄などに貼っていただくと嬉しいです。

●有料配信・実際の会場などでの朗読をご希望の方へ●
 (standfmのポイントプログラム制度は無料配信とみなします。わかる人にはわかると思うけど、だって、ねぇ)

※有料配信をご希望の方
・有料配信ともなると、金額や規模の大小問わず、それは「継続的に収入を得るための仕事」だと認識しております。たとえ無償で朗読配信を許可しているとしてもです。
 以上から、有料配信をお考えの方は、配信をする前に交渉・契約を交わすため、下記のアドレスにご一報下さい。
 ryuichiharada813@gmail.com

※会場などの朗読会での朗読をご希望の方
・インターネットではなく、実際の会場などでの朗読会は有料であったり、ボランティアであったり、様々な状況がありますので、一概に報酬の有無をここで述べるわけにはいきません。まずは下記のアドレスにご一報下さい。
 ryuichiharada813@gmail.com

※各種媒体への掲載をご希望の方
・媒体も有料無料様々ありますので、こちらも一概に報酬の有無を述べるわけにはいきません。下記アドレスにご一報下さい。
 ryuichiharada813@gmail.com

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?