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アフタートーク

 アクリル板で仕切られた4人がけのボックス席に僕たちは座った。
 僕の隣にリンが、僕の向かいにナオジー、ナオジーの隣にモンが座り、とりあえず中ジョッキを4つと枝豆、焼き鳥盛り合わせを頼んだ。
 3人の表情は冴えない。
 今日は世界的に停滞ムードが蔓延してから2年ぶりの、3人組バンド「STANDAP(スタンダップ)」にとっても久しぶりの営業だった。バンドと言っても結成から25年、一度もメジャーデビューはしたことがない。
 リンは結婚して子供が二人いるが、上の子は成人して社会に出ている。一番年下のモンも結婚し、子供が一人。勤め先では課長だったか部長だったか、とにかく肩書がついている。
 ナオジーは独身だが、結婚できないのではなくしないのだと本人は言っている。フリーでライターやらゴーストライターやらをやっているらしいけど、ペンネームを絶対に教えてくれないので、本人の文章を読んだことがあるのかないのかわからない。

 営業の場所は大型スーパーのイベント広場だった。
スーパーの担当者は、いつまで続くかわからない状況の中、地元のミュージシャン何組か参加してもらって、懐かしい歌でお客様にひと時でも休んでもらいたい。と、熱く語っていた。
 ずいぶんと人前で歌ってなかった3人は即参加を決めた。
「私ね『世界中の誰よりきっと』がいいな」
 そう言ったリンにモンは2000年代がいいのではと言ったのだが、ナオジーがどっちでもいいと言ったことで、押しの強いリンの意見が通った。
 そして今日、会場に集った人の大半が、2000年代の曲を懐かしく感じる層が多かったのだ。

「ごめんなさい。私が意地をはらないでモンの言うことを聞いておいたら良かったのに」
 リンが運ばれてきたジョッキを見ながら言った。
「俺の押しが弱かったんだよ。もう一曲は2000年代のにすればよかったのに同年代の『優しい雨』を選んだから」
 モンが両腕をテーブルに乗せて、ジョッキを見ながら言った。
「あ、同年代どころか2曲とも同じ年だぞ」
 スマホを見ながらナオジーが、言わなきゃいいことを言った。
 僕はなんだかいたたまれなくなった。
 こういうとこだぞ、ナオジー。
 と、心のなかでつぶやいた。
 どうみても、リンとモンは早く乾杯してビールを飲みたいとしか思ってないじゃないか。けど、今日の流れと今の空気でそれを率先して言えないじゃないか。
 かといって、僕が言うのもおかしい。
 ここはナオジーがどうにか場を取り繕ってでも乾杯するべきなんだよ。スマホで検索してるときじゃないんだよ。
「え、そうなの。他には」
 モンが乗っかった。
「ちょっと、私にも見せてよ」
 リンも乗っかった。
 3人は顔を近づけてナオジーのスマホの画面を見ている。もう少しでアクリル板に顔がくっついて、変な顔になる一歩手前だ。
 これはもうだめなやつだ。しかたがない。
 僕はビールから抜けていく気泡を眺めながら思った。
「じゃあ、かんぱーい」
 僕が言うと3人が、ちょっと待てよ、いやいつも唐突なんだって、じつは私早く飲みたかったのと言いながらジョッキを持って、乾杯と言った。全員のビールが一気に半分以下に減った。
 3人はまたスマホの画面を見ながら、これも同じ年だったんだとか、やっぱ90年代ってすげぇなとか言って盛り上がっている。
 ナオジーとモンがあれこれ言ってるときに、リンが僕を見て言った。
「今日はオリジナルは歌わないのに来てくれてありがとう」
「いや、ほら、久しぶりの営業だったから、3人を見たかったしね」
 リンは微笑みながら頷き、ナオジーとモンの話に入っていった。
 ナオジー、さっきはあんなこと思ってごめん。
 今日のことはもういいから。だから、いつもどおり笑って話そう。ナオジーはそう思ってわざと検索したんだろ。
 そしてモンはナオジーの思いに気づいて乗っかった。
リンも気づいたから乗っかった。
 そういえば3人はずっとこうしてきたんだよな。
 直接、いやいいよとか、そうは言っても楽しんでたお客さんもけっこういたしとか言ってもいいのに。

 そう、3人とも不器用なんだ。
 不器用で優しくて、気遣いができるんだ。
 似た者同士が集まり、奇跡的に喧嘩もなく、今まで続けてこれたのは、3人がそうだからなんだよな。

「じゃあ、そろそろライブもできるようになったし、僕もまた詞を書かなきゃな」
「頼むよ。あんたがいなきゃ俺たち歌えないから」
 ナオジーが言ってくれた。
「そうそう、他の3人が書いたのもいいんだけど、あんたが書いたものは俺たちとはちょっと違うところがいいんだよ」
「歌えるの、楽しみに待ってるね」
 不器用で、なかなか言いたいことをストレートに言えない3人が、3人とも素直なまっすぐな言葉で言ってくれた。こういうときは3人とも本気でそう思っているときだ。
 こういうところがまた、そろって不器用というかなんというか。
 でも、この3人と繋がれた僕はラッキーなんだろう。幸せなんだろう。
「ありがとう」
 僕はそう言って、残りのビールを飲み干した。

※standfmユーザーの方へ。
 どこかで聞いたことがある登場人物が出てきますが、この物語はあくまでもフィクションであり、実際の人物とは似ているかもしれないけど別人物であり、現実の人物が実際どうなのかは、正直わかりません。

 また朗読して頂ける場合は、この作品に限り一人称を「僕」以外でも読んでくださってかまいません。
 ご自身が読みたいように「俺」「私」「あたし」「あちき」などお好みの一人称に変えて朗読してください。もちろん「僕」のままで読んでくださっても構いません。

 また、文章が「僕」が話している文章になっているので、文末も女性の語りの形に替えていただたいて構いません。

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