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舐めてよ、そう。

高揚とした顔で、彼はこちらを見ていた。
見ているのは「私」ではなくて「オンナ」である。
こんなこと上手くなっても人生なんの得にもならないし、
新規さんだったので別にこの人も私でなければいけなかった訳ではないだろう。少し虚しい。
この前のお客さんに教えてもらったテクニックを思い出し彼に使うと、私に愛おしそうな顔を向けた。

日給5万は、今日の私の価値。


インスタで流れてきた誘い文句に乗ってしまい、気付けば半年が経っていた。
こんな私でも、愛おしそうな顔をされるのはやっぱり嬉しいと思ってしまう。

罪悪感と虚無感で押し潰されて、いつの間にか一緒に授業をとる友人もいなくなってしまった。
私が今気兼ねなく話せるのはいつもいるコンビニの夜勤バイトさんだ。
「今日はチャントお弁当だネ」
ご飯は食べなくちゃダメダヨと、何も言ってないのに電子レンジで温めてくれる優しさが染みる。
「ありがとーーまだ家には帰れないんだけど」
「ソウナノ?」
「うん、今日はこれから2件目がある」
「大変だねェ」
「このお弁当食べて頑張るよ」
嬉しそうに笑うバイトさんの黒い肌には口元の白い歯が映える。


 2件目は駅前のホテルだった。
ホテルの目の前に来て初めての彼氏と行ったところだったことに気づき、砂利を食べているような気持ち悪さがした。
このホテルを使うのはその時で最初で最後だったので、記憶もだいぶ薄れていた。
初めての彼氏の思い出は、きちんと綺麗な思い出としてとっておきたい。

フロントに用件を伝え、部屋番号を教えてもらう。
インターホンを鳴らすと鍵が空いた。
「こんにちはー!はじめまして!ご指名ありがとうございます〜!ちあきと申しま、」

その先が言葉にならなかったのは、扉の先に見たことがある顔だったからだ。

「こんにちは」
彼は不思議そうに私の顔を見たが、2、3秒して彼も片手で顔を抑えた。

「…とりあえず」
「…うん、とりあえず、中に入ろうか。」

扉を閉め、もう一度顔を確認しようとした。
いや、やはりそんなことは出来なかった。

「久しぶり」
「久しぶりだね、1年半、ぶりかな。」

横顔を確認する。
紛れもなく、このホテルの思い出の張本人であった。

「1番最初に使った時の部屋はこんなに広くなかったよね〜」
あはは、と笑うが彼は何一つ笑ってなかった。
絶対に間違えた。

長い、長い沈黙が続いた。

「千春は、いつからこんなことしてるの」

1番されたくない人からの、1番されたくない質問だった。
「あーー…、半年前からかな。バイトで学費賄えなくなっちゃって」
「付き合ってた時も大変だったもんな」
「そうだね」


「颯太も、こんなこといつからしてるの」
バツが悪そうな顔で後ろの頭を掻く。

「うーん、いや、ほんとに時々だよ。そんなにお金もないし。
千春ももっといいところで働けよ、こんな激安なところじゃなくてさ」
「うーんこれくらいが妥当じゃないの?」
「そうなのかな。」

颯太の横顔を見てるとだんだん悔しくなってきた。
思わず、口を開く。

「お客さんが私を愛おしそうに見つめてくれるの」

颯太が、やっと私の顔を見た。

「颯太の時より、おじさんの方が全然優しいの」

誰かに愛されたくて選んだ彼は、失敗だった。
今思えば、彼も初めてで恥ずかったのだろうと察しがつく。
しかしその時はとても不安だったのだ。
付き合ってる間は彼からの愛情表現が何もなく、だんだん私は自信を失って、最終的には私から一方的に別れを告げてそのまま時間が過ぎた。

「ごめん、受け入れてあげられなくて」

ほかの女で初体験を済ませたのが、やるせなかった。
このホテルでしようとしたは私からの提案だった。その時は颯太に断られた。死ぬほど恥ずかしい。
泣きながらこのホテルを後にしたその時の私を抱き締めてやりたかった。

「ごめんって言われる方がしんどいよ」
「うん、ごめん」

「…ごめん、本当は今日が初めてなんだ。」

「…は?」
「千春のことを、俺はずっと後悔してたんだ」


90分のこの空間のタイムリミットは、

あと30分に迫っていた。




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