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映画研究会デ・ニーロ 4

◆これまで
 大学に入学した僕は、『映画研究会デ・ニーロ』というサークルに入って、先輩達と自主制作映画「ゾンビ館の殺人」の撮影を始めたのでした。


 映画撮影のロケ地を伊豆のあまり人の多くなさそうな海水浴場に決めた僕たちは、8月の終わり頃、二泊三日の映画撮影合宿に出かけることになりました。
 宿は部長の国木田が「飯付きで超安い民宿見つけた。」と不気味に笑っていたので大変不安でしたが、たしかに一泊数千円という驚きの安さなのでした。

 かくして僕たちは、国木田の持つボロボロのフォルクスワーゲンに人も機材もぎゅうぎゅうに詰め込んで伊豆へと出発したのでした。
 色褪せたピンクのワーゲンバスは、アメリカの映画でよくヒッピー達が乗っているような車で、ボロく、国木田がギアを変えるたびにギガガと嫌な音をたてるし、ブレーキも変な音がしてなんだかきいているのかきいていないのかという感じで、「大丈夫なんですか。」と僕が不安に思って訊ねると、

「そろそろ30万キロだから、途中でぶっ壊れるかもな。そしたらお前らが押せよ。」

と何がおかしいのか愉快そうに笑っていました。
 車はオンボロでしたが、中は広く4列シートで7人まで乗れるということで、そこに人間6人とカメラなどの機材や衣装をテトリスみたいに無理やり詰め込んでいました。
 ぎゅうぎゅうの車に揺られながら、撮影の順番やそれぞれのシーンを確認したり、台本を読み直したりしているうちにやがで目的地に到着しました。

 着いたのは、伊豆の先端の方の小さな集落で、民宿は予想していたよりはボロくなくて、古いは古そうでしたがちゃんと手入されていて、海に向かって下る坂道の途中に小ぢんまりと佇んでいました。
 そのまま道を下った目と鼻の先が海水浴場になっていて、夏休み中でしたが平日のど真ん中ということもあって、人はそれほど多くなく、タイミングを見計らえばバッチリ撮影に使えそうでした。

 民宿に着いた僕らは受付を済ませて、荷物を下ろすと早速海の方に行ってみました。100mほどの砂浜には人がパラパラとまばらにいて、カラフルなパラソルの下寝そべっていたり、海で泳いでいたりしました。
 浜辺の端っこの方が駐車場につながっていて、まさに「ゾンビ館の殺人」の撮影にピッタリのロケーションになっていました。

 この浜辺で撮るのは、「運び屋の斎藤が、依頼品のヤバい薬をつけ狙うヤクザ達に見つかってしまい、逃走をはかるもついに捕まってボコボコにされた挙げ句、拉致される」というシーンでした。
 「なんでわざわざ砂浜で撮るんですか」、と僕が素朴な疑問を口にすると、脚本の松永先輩は、

「あんまり人目の多いところでやって通報でもされたら面倒だろ。その点、海水浴場なら遊んでるって思われるよ。プロレスやっても痛くないしな。」

と一応演者のことも考えてのことのようでした。

「引きずり倒してメタメタに蹴り飛ばすからな。下が柔らかくなくちゃ。」

国木田は邪悪な顔で、袋叩きにするシーンの演出に余念がないようでした。
 その日は、浜辺でみんなの動きや逃走経路の確認をしたりして終わりにして、夕方になるとコンビニに酒やつまみなどを買い出しに行き民宿で宴会となりました。


 翌日は早朝から本格的に撮影をはじめ、朝日の登る砂浜を運び屋斎藤を追って疾走しました。

「待てー!」
「オラー!」
「ぶっ殺すぞー。」

チンピラABCに与えられたセリフはこれだけで、国木田に染められた黄色い髪の僕、赤髪の酒井、青髪の高木が並んで走っていました。衣装は趣味の悪いアロハシャツに短パン、黒いサングラスで、腕には入れ墨を模してマジックで「暴力」と書かれていました。
 松永先輩の気に入る絵がなかなか撮れないらしく、僕らは何テイクも繰り返し撮り直ししていました。
 逃走シーンは、まず運び屋役の河野先輩が先頭を逃げていき、その後10mくらいをヤクザの国木田と佐伯が、そのさらに後ろにチンピラABCがついていくという格好でした。
 ヤクザ役の国木田と佐伯は黒いスーツに革靴だったのでみるみると汗だくになっていきました。

「なんか違うんだよなー。飛びついて引きずり倒すシーンがさー。リアル感がないんだよねー。」

 学生映画にしては、やけにリアル感にこだわる松永先輩でしたが、他の2人も同意しているようで、スーツ姿で走り回って一番しんどいだろうに、撮影した映像を見返しては首を捻り、何度も撮り直しているのでした。

「ちょっと休憩にしよう。次は1時から。」

 時間はお昼近くになっていて、海水浴場のお客さんもだんだんと増えてきていたので、僕らも好き勝手に撮影はできなくなっていました。
 先輩達はまだ撮った映像を見返していたので、僕たちチンピラ3人組は先にコンビニにお昼ご飯を買いに行っていました。
 お弁当や飲み物を買って、「あの蹴り飛ばすシーンさあ。」と演技の話をしながらコンビニから出る時、ちょうどお店に入って来る女の子達と鉢合わせしてしまい、「あ、すいません。」と僕が気づいて前を向いてふと顔を見ると、3人の女子大生くらいの女の子達の真ん中にいた子と目が会いました。明るい茶色の髪を肩くらいにのばしたとても綺麗な可愛い子で、大きな黒い瞳で僕を見る目に、何だか見たことがあるような気がして、1秒にも満たない短い時間の中、自分の頭の中の引き出しを開けたり閉めたりして探していると、やがてそれが高校の時の同じクラスの彼女だったということに気がついたのでした。


※彼女のことについてはこちら


「あ、」

 まさかこんなところで再会するなんて。
 久しぶりとか、元気だった?とか話したいことはたくさんあったのですが、言葉にする前に僕の頭にまず飛来したのは「マズい!」という感覚でした。
 今の僕は、黄色い髪、サングラス、アロハシャツ、腕には「暴力」の入れ墨、どう見てもイタい大学デビューよりももっとヒドいありさまでした。
 もしかしたら親や友達よりも、彼女にだけは決して見られたくなかった姿だったかもしれません。
 しかし、そんな変わり果てた僕の姿にも関わらず、彼女もなにか感じ取ったのか、

「もしかして、石原くん?」

と訝しそうにこちらを覗きこんできました。
(ちなみに僕は石原浩二といいます。長男ですが。)

 1年会わない間に彼女の方はずいぶんと垢抜けて、また一段と可愛くなっているのに見とれていたいくらいでしたが、それも堪えて

「違います。」

と他人のふりをして、横をすり抜けようとしました。
 そこへ間の悪いことに、部長の国木田達『映画研究会デ・ニーロ』の面々もコンビニにやって来てしまい、

「おーい石原ー。花火売ってなかった?拉致った後にさ、ケツにロケット花火突っ込んでさあ、汚え花火だぜってシーン足そうぜー。」

と最低なセリフと共に僕を呼ぶのでした。

「やっぱり石原くんだ!」

と僕を通せんぼする彼女に、僕は脂汗をダラダラと垂らしながら「いや、違うんだよ。」となんとか知らんぷりで通そうと足掻きましたが、やがてやって来た国木田達に

「なんだー石原。その子達知り合い?」

と挟まれてとうとう逃げられなくなってしまったのでした。


 そうして僕は、伊豆の端の海水浴場で約1年半ぶりに彼女と奇跡的な再会を果たしたのでした。
 素直に再会を喜べたらとても素敵だったのですが、彼女は険しい顔をしていました。

「いろいろ言いたいことあるけど、まずなにその格好。全然似合ってないよ!。」

「僕もそう思う。」

僕も同意して、大学の映画サークルに入ったこと、自主制作映画を撮影していること、チンピラ役にされてしまったことを説明しました。好きでこんな格好しているのではないと。

「へえ、映画撮ってるんだ。」

彼女はちょっと表情を緩めてくれましたが、ちょっと考えるとまた顔をしかめました。

「あ、じゃあ朝からビーチで大騒ぎしてたの、あなた達だったのね。」

どうやら彼女達も朝から海水浴場にいたみたいで、僕らが砂浜で追っかけっこして運び屋をボコボコにするシーンを何度も目にしていたようでした。
 今やそんなチンピラABCやヤクザの2人が彼女の前に揃っていました。部長の国木田は例の趣味の悪い柄物の赤シャツにダボダボのスーツ、佐伯は黒シャツに黒いスーツで髪はオールバックに役作りで眉毛を剃り落としていました。そんないかつい集団の一員に僕もなってしまっていたのでした。

「そういうシーンだったからね。でも今日で終わるから大丈夫。」

 僕は言い訳にもならない言い訳を述べて逃げようとしましたが、彼女は逃がしてくれませんでした。

「大学のサークルって言ってたけどどこの大学?」

彼女の質問に僕がおずおずと都内の大学名を答えると、彼女はまた顔をキッと怒らせました。

「東京に来たんだったら、どうしてなにも言わないのよ!何回もメールしてたのに。まだ浪人続けてるのかと思ったから詳しく聞けないし!」

 僕が浪人している時から、彼女はちょこちょこメールをくれていて、センター試験や国立大学の入試前には「頑張ってね!」と言ってくれていたのですが、あまり勉強していなかった僕は後ろめたさから、「ありがとう。頑張るね。」くらいの表面的なメールしかできていなかったのでした。
 大学も合格したものの、ちょっと裏技的な受験方法だったのもこれまた後ろめたく、堂々と「合格したよ!」と報告できずにいたのでした。
 そんな事を僕が説明して、僕のことなんかより彼女のことだと無理に話題を変えて、彼女の方こそどうして伊豆にいるのかと聞いてみました。

 彼女は、東京に出てから程なくしてどこだかのファッション誌の読者モデルにスカウトされたらしく、今日はその撮影で伊豆にやってきているということでした。
 僕らと同じように人気のあまり多くない穴場のビーチを狙ってやってきたら、馬鹿な大学生集団が大騒ぎしているから迷惑していたそうです。
 横にいた2人も読者モデル仲間だそうで、みんなとても可愛いくて、スタイルがよかったですが、その中にいてもやっぱり彼女が一番輝いていて、僕は意味もなくどうや、とえばりたいような気分なのでした。

 そんなこんなで、午後からも撮影があるので、東京に帰ったらゆっくり会おうと約束して僕らは別れたのでした。

その後はできるだけ騒がしくないように撮影を進め、無事に浜辺の拉致シーンの撮影を終えることができたのでした。


つづく

次回、「樹海での撮影」!?

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