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身体拘束は「危険な行為」である  

 恐怖、苦痛、屈辱、トラウマ。そして医学的な危険性。

 今回の診療報酬改定でいちおう評価できるのは、身体拘束の最小化を、病院の入院料の算定要件に加えたことだ。
 示された基準によると、拘束は生命または身体を保護するために緊急やむをえない場合を除いて行ってはならない。行う場合は拘束の態様、時間、患者の心身の状況、やむをえない理由を記録する。
 医療機関は最小化チームを設け、拘束の実施状況の把握、指針作成、研修などを行う。
 これらを満たしていないときは、病棟の全患者の1日あたりの入院料から40点(400円)を減算する。

 介護の分野では、身体拘束はとっくに原則禁止。行うには切迫性、非代替性、一時性の3要件を満たす必要がある。
 これまで一般の病院には身体拘束への規制がなく、軒並み、ヒモでくくっている病院もあった。減算の導入が歯止めになることを期待する。

 しかしながら今回の改定には、とても残念な点がある。
 精神科の病棟について「精神保健福祉法の規定による」として基準を適用せず、事実上、減算対象から外していることだ。
 身体拘束問題の本丸は、精神科の病棟である。精神保健福祉資料によると、昨年6月30日に拘束の指示が出ていた患者は1万0759人。これは特定の1日だけの人数で、年間の拘束患者数は、はるかに多い。拘束の日数も長い。
 法に基づく行動制限の基準は、拘束対象となりうる状態の定義が広すぎるし、厳格な運用とは、とうてい言えない。

 身体を長時間、動かさないと、下肢などの静脈に血栓が生じやすい(いわゆるエコノミークラス症候群)。生じた血栓が肺動脈に詰まって死亡することもある。そのリスクは、すでに医学の常識になっているはずだ。

 ところが現実には、拘束に伴う死亡例が後を絶たない。
 今年2月にも、神戸市の精神科病院で7日間拘束され、肺塞栓で死亡した女性の遺族が、病院に損害賠償を求める訴訟を神戸地裁に起こした。
 日本精神科救急学会の「精神科救急医療ガイドライン」は、最低2時間に1回の拘束解放・体位転換・下肢の動作などの防止策を示している。
 血栓予防について関係学会が合同で作成したガイドラインは、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、血中の凝固関連物質の測定、抗凝固薬の投与準備などを挙げている。
 拘束中は誤嚥性肺炎のおそれもある。長引くと筋力低下、関節の拘縮、床ずれも生じる。

 そもそも拘束は、治療の手段ではない。その可否はケアのあり方の問題である。
 寄り添いなど他の方法で無理なときに用いる手段なのだから、看護職員が常にそばについているのが当然だ。人手不足を背景に、縛って放置するのはネグレクトにあたる。

 安易な拘束をなくすには手続き面の具体策も必要だ。多職種による検討、動画による状況の記録、家族等への伝達、行政への届け出、院外からの権利擁護者の派遣、拘束時間の上限の設定を求めたい。

 身体拘束は、人権や尊厳を傷つけるだけでなく、医療安全の重要な課題である。その認識の共有から始めよう。

(2024年4月10日 京都保険医新聞コラム「鈍考急考50」を転載)

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