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ホームシックになったら北千住に行けばいいやん

これは40代後半になって東京に住むことになったわたしの、住まなければ行くことがなかった東京の街の記録。又吉直樹さんの『東京百景』のように、わたしが体験した東京を残していきたい。


「今月は荒川の花火大会があるんですよ。北千住から歩いて河川敷のほうに行けますよ。北千住は買い物もしやすいし、ぜひ行ってみてください」

北千住への推薦は同僚の女性からいただいた。
東京に越してきて3か月半、まだまだ行ったことがある街は少ない。
何か目的がないと電車に乗って行こうとまでは思えない。
でも勧められたら、それは行って確かめたくなる好奇心と行動力はまだ持っている。
いつもなら上野で済ませられる買い物だったけれど、初めての街、北千住へ向かった。


JR常磐線に初めて乗った。空が広く、都心に向かう車窓のビル群の眺めとは違って、地方から出てきたわたしには心地よい。

向かっている途中で調べてみると、花火が見えると教えてもらった場所は有名なドラマのオープニングで毎週見ていた「あの土手」なのだ。
テレビドラマ好きにとっては聖地巡礼、外せない。
熱中症アラートが頭の中でも鳴っている気がしたけれど、興味が勝ってしまった。

数分歩いたら後悔が押し寄せてきけれど、引き返せば今までの数分の努力はなかったことになる。
たった数分、されど、この暑さの中の数分だ。

コンビニを見つけ迷わず入店、冷たい清涼飲料水を買い、日傘をさして細い路地を進んだ。
暑さに負けそうになりペットボトルを首に当てながら歩いていると、家のブロック塀にフウセンカズラの爽やかな緑が目に入った。
可愛いぷっくりした実が揺れていて、元気バロメーターが少し回復する。
うちでも毎年フウセンカズラが勝手に育ってくれる。
知っていますか? 種はハート模様なんですよ(どや顔であなたにささやきました)

堤防が見えると暑さを一瞬忘れ足が軽くなった。階段を上がっていくと川が見えた。

これが荒川、都民じゃなくても知っている一級河川。
土手は舗装されて当時のドラマの雰囲気とは少し違うけれど、あの橋見たことある!とカメラを向けた。

傍から見れば顔色一つ変えないクールなわたし、いやいや頭の中では川のように流されやすいにわかで恥ずかしい自分がニヤニヤ顔で喜んでいた。

長髪を風になびかせて、グレーのジャケットにエンジ色のネクタイの男性が向こうの方から歩いてくる……幻が見えた気がした。
そう、ここは金八先生が生徒たちと歩いていた「あの土手」なのだ。

落ち着いて見渡してみるとサッカーをしている学生たちの声が聞こえてきた。
暑いけれど、川風がふいていて駅周辺より体感温度は低い。
海なし県で生まれ育ったわたしは海を見ると興奮するが、川を見て育ったので川を見るとほっとする。
来て良かった。
けれどすぐに涼しいデパートへ戻ろう。汗が止まらない。

秋になったらビニールシートと本を持ってピクニックに来たい。次は娘と一緒に。


JR北千住駅の西口を出るとルミネとマルイに面した屋外広場がある。ここは2階にあたり、道路に続くエスカレーターがある。
わたしの後ろに並んでいたのはセーラー服を着た中学生の女の子たちだ。
会話が聞こえてくる。

「えー、私カラオケ嫌い。自分の声聞かれるのいやだ。音痴かもしれないし」

「私の方が音痴だと思うよ」

うんうん、人前で歌うって恥ずかしいよね、わたしも歌えないよと心の中で会話に参加した。
令和の東京でもこんな素朴でかわいらしい会話が交わされていることに安堵した。

駅前の通りはアーケードになっている。
既視感に思わずスマートフォンを取り出し写真を撮った。
某歌手が『○○ブルース』を歌って賑わいがあった地元の商店街にどことなく似ている。

「宿場町通り商店街」という看板が見えたので向かってみる。
シャッターが下りた店もちらほら、日曜日は休みなのかな。
行列の出来ているラーメン屋、看板を見るだけでおいしそうなピザ屋などを通り過ぎて少し行くと、懐かしさを感じる雑貨屋が目に入った。
路面にはトイレットペーパーやティッシュの箱、洗濯洗剤、踏み台や傘、天井からぶら下がった箒たちがずらり。
バケツやレトロな柄のお風呂に敷くビニールマットなどが並ぶ。
暗めの店内にもぎっしりと商品が並べられている。

こういう店、昔はよく見かけた。
おじいさんが奥の方に座っていて、これ何に使うの?という物が置いてあったり、ずっと変わらない同じ商品が何年も並べられている。
上に上に高く積んであったり、上からぶら下がっていたり。
こういう店がドン・キホーテの陳列の原点なのだろうか。

中に入る勇気はなかったから記念に一枚写真を撮った。また北千住に来たら、次回は2歩くらい中に入ってみたい。


その店のすぐそばに公園をみつけた。
子どもたちの声がする。熱中症になりそうなほど暑い昼間なのに元気がいい。
何やら赤くて大きな物体が見えたので進んでみると、足を広げて立つタコが太陽を浴びてそこにいた。大きく口を開けて迎えてくれたタコは滑り台だった。

こういう遊具が少なくなってきているけれど、タコの足が滑り台なんて楽しい!
ぜひ残っていきますように。

白いノースリーブを着た男の子がたも(虫取り網)を持って走っている。
昆虫がいるのかな。蝉の声は聞こえてこない。
わたしが小さかった40年以上前と変わらない光景を見ることができた。


流行と郷愁が混ざりあう、ホームシックになったら行きたい街、北千住。





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