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この川の流れも絶えずして #かくつなぐめぐる

「書くこと」を通じて出会った仲間たちがエッセイでバトンをつなぐマガジン『かく、つなぐ、めぐる。』。8月のキーワードは「Tシャツ」「台風」です。最初と最後の段落にそれぞれの言葉を入れ、11人の"走者"たちが順次記事を公開します。


水上バスが川面に波を作りながら目の前を横切っていく。
友人とわたしは動かない行列と暑さに耐えていた。
大阪城ホールに着くと、川沿いの道には既にグッズを買いたいファンで大行列だ。大好きなロックバンドのツアーTシャツは『CHAOTIC』と胸の位置に入ったデザイン。
『混沌』とした時代、大都会の川は人を癒やす存在に成り得ているのだろうか。そんなことを考えながら、濁って少し臭う川を眺めていた。


私の住む岐阜市は県庁所在地であり、名古屋駅から岐阜駅まではJRで20分の場所にある。駅から車で10分も走れば、鵜飼で有名な長良川にたどり着く。街中からすぐの場所に、鮎も人も泳げるほどのきれいな川が流れている。

川にかかる長良橋を渡ると、長良川温泉の旅館が並ぶ遊歩道がある。
日中は川面がキラキラと光り、夕日が沈み始めると美しいオレンジ色に染まる。
鵜飼のシーズンは、船頭さんが鵜舟の準備をしているところを見られる。火を焚く「かがり」がついた棒をムクゲの枝葉と一緒に船の先端に差し込んでいく。ムクゲは樹液が出て、回転する際の摩擦を防いでくれるのだと船頭さんに教えてもらった。
夜はかがり火を眺めながら、涼しい川風にあたる。
大切な人と一緒に歩きたい遊歩道であり、自慢したい川だ。

疲れたり、心が苦しくなると、わたしは長良川に助けを求めてこの場所に来る。流れる水と小さな天使の羽根のようなキラキラを、ただぼんやりと見ているだけで強張った身体が少しずつほぐれていくのだ。わたしの中の淀みを、川の水が遠くの海まで流してくれる。



「今夜、川飲みしませんか」
河畔にある旅館の若女将から連絡が入ると、飲み物やおつまみを持って同世代の仲間たちがひとり、またひとりとやってくる。ビール、ワイン、日本酒にソフトドリンク。手料理のマリネ、温かいスープ、コンビニで買ったカルパス、ピザポテト、チータラ。いろいろ揃う即席居酒屋だ。
近況報告、仕事や家族、朝ドラの感想から下ネタまで話の花が咲く。笑って飲んで、また笑う。ときに真剣に、仲間を想う。


2018年9月、仲間の一人が急性心不全で亡くなった。彼は住職だった。
川飲み仲間の新年会に、彼はいつもすき焼き用の上等な肉を持ってやってきた。肉の焼けるにおいに我慢ならず、タレをまとった肉をみんなが口に運んだころを見計らって、口角を上げながらこう言うのだ。
「はい、肉食べましたね。食べた人は節分の手伝いに来てもらいます」
「賄賂かよ!」と毎度のセリフに笑いながら肉をまた一口。ごちそうになったみんなは節分の手伝いに行くのだった。

あの夜は泣いてもいい川だった。
葬儀が終わった後、「川に行こう」と誰かが言い、集まったみんなで彼の死を悼んだ。
少し不思議なことがおきた。一瞬だったが線香のにおいがしたのだ。夜風に吹かれすぐに消えてしまったが、たしかに彼はそこにいたと存在を強く感じるできごとだった。「諸行無常」とわたしたちに説くかのように。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

鴨長明 『方丈記』より


彼の人生は突然止まってしまったように思える。しかし、家族や友人、関わった人たちの一人でも彼を覚えているのなら、その人と一緒に彼の人生は流れ続けていくのではないか。わたしたちは少しずつ老い、しかし彼は若いままなのだが。

今年も台風は猛威を振るうのだろうか。いつも穏やかな川も、大雨が降れば茶色く濁った荒々しい川になる。増水し遊歩道は浸水してしまう。そしてまた、穏やかな川に戻る。しかしもとの水にあらず。
今年は無事でありますようにと、日頃癒やしてくれる川への感謝をそえて祈る。


バトンズの学校1期生メンバーによるマガジン『かく、つなぐ、めぐる。』。
今回の走者は小笠原ゆきでした。
次回の走者は、おにさん。更新日は8月28日(日)です。
お楽しみに!

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