小説「灰色ポイズン」その14-由流里病院名前の由来
しばらくして美菜子先生が戻ってきた。
そしてその後すぐに看護助手さんが2人分の夕食を運んできてくれた。テーブルは折りたたみ式のナチュラルベージュのテーブルがあって、その上にトレイごと夕食を置いてくれた。
美菜子先生の分は部屋の外からテーブル代わりに椅子が運ばれてきて、その上にトレイをのせた。
夕食はちゃんと温かかった。メニューは先程聞いたように甘いお醤油の煮汁の香りがする赤魚の煮付け、グリーンサラダのゴマドレ付き、大根と薄あげの味噌汁、胡瓜とカブの浅漬け、そしてデザートは杏仁豆腐だった。
「さあ、食べましょう!なんか高校の昼食時間みたいね」そう言いながら美菜子先生が先に箸をつけ始めた。私は彼女の食べっぷりに、何故かその場とはそぐわないようなことを思っていた。
何て美味しそうに食べるんだろう。しかも、食べるのが早いのに綺麗な食べ方。うっとりするほどだ。
美菜子先生は私のうっとりした視線を感じたのか、こちらを向いた。
「ん?やっぱり食べられなさそう?」
「あ、いいえ、そんなことないです。ごめんなさい。先生の食べ方に見惚れてしまって」と私が正直に言う。
「あはは。何それ。よく食べるなぁってこと?あと食べるのが早いって思ったでしょ?多分だけど。
医者ってね、食事時間が取りにくいから早食いが多いのよ。食べられるうちに食べとけ!みたいな」
私は心を見透かされたようで、少し顔が赤くなるのを感じた。
「え?まあ、そんなところです。あと美菜子先生は美味しそうに綺麗に食べるんだなぁって思って」
「それって褒め言葉よね。うん、そういうことにしておこう。それからさ、食べながらで申し訳ないけど、何か質問とかあったら言ってね。答えられることには答えるから。あ、当たり前のこと言ってしまったわ。答えられないことは答えられないよね」
そう言って美菜子先生はまた笑った。
私は、少しずつ全種類の夕食を半分くらい食べた。デザートの杏仁豆腐だけは好物だったので、名前を書いてもらって夜食として冷蔵庫に保管してもらうことにした。
そして夕食を食べる間に、今後のこと、入院は何日くらいした方がいいのか、美菜子先生の診たてはどうなのか、今の状況、思いがけず同級生の精神科医のいる病院に緊急入院した患者として最もふさわしそうな質問をした。
美菜子先生は、真摯に私の問いに答えてくれた。
今日の診察はあくまでインテーク面接でさわりの診察だから、今、診断を伝えられないとのこと。
明日、彼女の父親であり、上司である院長先生に診察してもらってから3日間くらい様子見と休養のために入院してもらうかどうか決めることになると思うとのこと。それから私自身がどうしたいかとか希望があれば遠慮なく言って欲しいとも言った。
私は、美菜子先生の答えに感謝を述べ、素朴な質問も聞いてみた。
「あの、病気の質問ではないけど一つ聞いてもいいですか?」
彼女がうなづく。
私は、疑問だった由流里病院の名前の由来についてと、何故人によって「ゆるり病院」だったり「ゆるさと病院」だったりと病院の呼び方が変わるのかを改めて聞いてみた。
美菜子先生の答えは、こうだった。
元々地域の名前で由流里(ゆるさと)村という村があった。由流というのは百合の花のことを指していて、昔はこの辺一体は百合の花がたくさん咲くところだったらしい。
後、「ゆるり病院」とか「ゆるりさん」と呼ぶ人がいるのは、開業当初遠方から来る患者さんが読み間違えて「ゆるり病院」と言ったのが始まりで、院長先生がその呼び方を気に入って使っているとのことだった。院長先生はダジャレが大好きで「ゆるり病院でどうぞ、ごゆるりと休んでいってください」と言いたいがために「ゆるり病院」と呼んでいるらしいとか、そうじゃないとかとのことだった。
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