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【こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった。】第8話:SOSは届かない

<あらすじ>
コロナ禍で突如始まった国による「事業再構築補助金」
ゴルフレッスンプロの竹内勇作は最大6,000万円貰える補助金に採択され、最新鋭のインドアゴルフ場建設に胸を躍らせていた。しかし、この補助金にはいくつもの欠陥があったー。補助金を貰うまでの苦労、経営の難しさ、人間関係のすれ違いによって、抱いた夢は儚く散ってゆく。そんな竹内に対し、事業計画書を作成した中小企業診断士達によるコンサルティングという名の「管理」に竹内の精神は日に日に蝕まれていくことに。「こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった」という竹内に対して、コンサルタントである九条が再建を任されることになったが、果たしてその行方はー。


第8話「SOSは届かない」

かくして、サイバーゴルフ社のインドアゴルフ場は、なんとかオープンを迎えた。私と、矢島はオープン日に合わせて顔を出すことにした。

「竹内さん、店舗オープンおめでとうこざいます。」

「九条さん、矢島さん、本日はお越しいただき、ありがとうございます。」

「素敵なインドアゴルフ場ですね。」

「ありがとうございます。おかげさまでなんとかオープンを迎えることができました。それと、九条さん。初めてお会いした時に、私、九条さんに酷いことを言ってしまい、大変申し訳ありませんでした。」

「いえいえ、気にしていませんよ。私が思ったことを勝手にやっただけですから。」

「そう言っていただけると助かります。それでは、ぜひ中をご覧になってください。」

―――さすがに9,000万円をかけた代物だ。
外観は和モダンな作りで、一見すると若者が通うお洒落な美容院のようだ。

中には5つの個室があり、それぞれに最新鋭の設備が揃っている。

一振りすれば打球の軌道、スイング強度、スピードなどが測定される。
インドアで、コロナ禍や天候不良を気にせず快適な練習ができる。
会員制で24時間セキュリティ完備により、周りを気にすることがない。

まさに竹内が思う理想を詰め込んだインドアゴルフ場である。

「九条さん達も、ぜひ体験してみてください。」

そう竹内に言われて、私はクラブを握り、ひと振りしてみた。
普段ゴルフをやらない私は、上手くボールに当てることができなかった。

5球打ったが、そのうち真っすぐ飛んだのは、わずか1球だった。
打球は打った直後、目の前のスクリーンに行方を遮られ、ぽとりと足元に落ちた。

スイングした直後、スクリーンに色んな数値が表示されているが、私にはそれが何を示しているのか理解できなかった。

一方、矢島はというと、普段からゴルフ練習しているだけあって、5球すべてが真っすぐ飛んでいる。
内容はよく分からないが、表示された数値も軒並み良さそうだ。

その後、店内を一通り案内されて、私達は外に出た。

店舗の前にはオープンに合わせ、事業に関わった業者からたくさん祝花が送られ、店舗前にはこれでもかと言わんばかりに華やかに並んでいる。

よく見ると、その中には「真壁中小企業診断士事務所」という祝花も飾られている。

すっかり頬がこけた竹内も、この日ばかりはさすがに喜んでいた。

「これは絶対に人気が出るはずだ。」
 
 

―――だが、竹内が抱いたそんな夢物語は、すぐさま消えることとなった。

インドアゴルフ場オープン初日は、関連業者や竹内の友人・知人など訪れ、多くの人で賑わった。

しかし、2日目のお客さんはゼロだったらしい。
そして、次の日も、その次の日もお客さんはポツリ、ポツリ。
結局、オープンから1週間が経過して、お客さんと呼べる人は両手で数えるほどであった。

実は、竹内は、〝集客の施策〟を何も打っていなかったのだ。

度重なる事務局への対応、資金調達に奔走する毎日、連日の業者との打合せで毎日のスケジュールが埋まってしまい、そんなことを考える暇すらなかったのかもしれない。

広告もない、ホームページもない、SNSもない。

近所の人達からは、井戸端会議で「何屋かよく分からないお洒落な建物ができた。美容院かしら?」と話に上がるほど、地元住民にも全く認知されていなかった。

頼みの綱である「真壁中小企業診断士事務所」はというと、実は、典型的な〝数字管理タイプ〟のコンサルティングだった。

目標売上高と会員数に関して、現状足りているか、足りていないかは管理するが、会員数を増やすための具体的な施策についてのアドバイスはあまりなかったらしい。

昔ながらの中小企業診断士には、こういうタイプが少なくない。

なんせ「中小企業診断士」は、コロナ禍で困った中小企業が急激に増えたことで、ようやく広がり始めた未成熟なマーケットである。

独占業務がない故に「取っても食えない」とまで揶揄される国家資格であり、それまでは補助金支援にお金を払うことさえも、ほんの一部限られた人だけのものだった。

そうした不遇の時代において、中小企業診断士の仕事といえば研修講師や計数管理が主なものであったのだろう。

インドアゴルフ場が、オープンを迎えてから2週間ほど経過したころ、竹内が弊社に訪れてきた。

「九条さん、ちょっとご相談があるんですが…」

矢島が外出しており不在であったため、私に声をかけてきた。
竹内の顔には隈がくっきりと刻まれ、相変わらず寝不足なのが分かる。

「竹内さん、お久しぶりです。その後、ゴルフ場の調子はいかがですか?」

「はい、その件でぜひご相談したく…本当にすみません。実は会員数が伸びなくて困ってるんです。」

「そうですか、それは大変ですよね。損益分岐点は、会員数でいうとどれくらいなんですか?」

【損益分岐点とは、利益がプラマイゼロになる売上高のことである】

「はい、一応、真壁先生に出してもらったんですが、会員数120人が損益分岐点になります。」

「ちなみに現在の会員数は?」

現在、30人弱です。チラシを撒いたり、SNSを始めたり、知人の紹介などによってなんとか少しだけ増えました。でも、全然足りなくてここからどうしたもんかと悩んでいるところです。」

「そうですか、そしたらまずは地元の…」

私が話しだそうとしたその時、私の背後から声がした。

「やぁ、これは竹内さんじゃないですか!大変お世話になっております。ゴルフ場のオープンおめでとうこざいます。」

「あぁ…小宮部長、いつもお世話になります。その節は大変お世話になりました。」

「九条くん、竹内さんは、真壁先生の大切なお客様ですよ。また、余計なことを言ってるんじゃないのかね、君は自分の仕事に戻りなさい。」

そう言って、肘と身体で半ば無理やり私をどけるようにして、椅子に座り込んできた。私は押し出された反動で少しよろめいたが、なんとか体勢を持ち直した。

「すいませんね、九条は以前にも、竹内さんに失礼な態度を取ってしまっていますからね。」

「いえ、そんな…それは私が…」

「今後は何かあれば私が対応しますから、どうぞご安心ください。」

「あぁ…」

小宮の背中越しにチラッと見えた竹内の表情からは悲壮感が滲み出ている。

そんなことにはお構いなく、小宮は私に向かって顎を突き出し、「あっちに行け」と言わんばかりに合図をした。

かくして、竹内のゴルフ案件は部長案件となり、私と矢島は口出しが禁止されたのである。

<第9話へ続く>


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