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【こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった。】第5話:奇妙な見積書

<あらすじ>
コロナ禍で突如始まった国による「事業再構築補助金」
ゴルフレッスンプロの竹内勇作は最大6,000万円貰える補助金に採択され、最新鋭のインドアゴルフ場建設に胸を躍らせていた。しかし、この補助金にはいくつもの欠陥があったー。補助金を貰うまでの苦労、経営の難しさ、人間関係のすれ違いによって、抱いた夢は儚く散ってゆく。そんな竹内に対し、事業計画書を作成した中小企業診断士達によるコンサルティングという名の「管理」に竹内の精神は日に日に蝕まれていくことに。「こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった」という竹内に対して、コンサルタントである九条が再建を任されることになったが、果たしてその行方はー。

第5話:奇妙な見積書

それから5か月ほど経っただろうか。
ある日、突然、竹内より連絡が入った。

「矢島さん、お世話になります。サイバーゴルフ社の竹内です。」

「竹内さん、ご無沙汰しております。その後の進捗はいかがでしょうか?」

「矢島さん、大変申し上げづらいのですが…」

「はい…」

「実は、交付申請がうまく進んでおらず、サポートしていただけないかと思っていまして…」

(やはりそうなったか…)

「そうですか…ちなみに今は、何回目の交付申請でしょうか?」

「はい…5回目の差戻しが来たところでして…」

この展開は〝想定の範囲内〟だ。

事業再構築補助金を受給したことがある人なら分かると思うが、事業再構築補助金は、事業計画書作成よりも「交付申請」「実績報告」の方が数倍大変だからだ。

その中でも、最も苦労するのが「交付申請」だと言える。

なぜならば、事務局が求めてくる〝補助金のルール〟と、実際にビジネス上で行われている〝商習慣〟に、大きなギャップが存在するからだ。

一つ例を挙げると、交付申請において事務局が求めてくる書類の一つに「見積書」および「相見積書」がある。

一般的な商取引であれば、「諸経費」「管理費」等が当然のように記載されている。見積書はあくまで「見積り」時点であり、詳細を完璧に出すことは難しいからだ。

しかし、事務局ではこの「諸経費」「管理費」等は一切認められない。

① 見積書に以下の費目がある場合、内訳を明記してください。補助対象にならない経費については、「補助対象として認められない経費の例」も併せてご参照ください。
・ 建物費、機械装置・システム構築費等における「予備品の購入費用」
・ 諸経費 / 会社経費 / 一般管理費 / 現場管理費 / 雑費等

事業再構築補助金「交付申請におけるポイント」より

こうした項目があると「その詳細を示してください。詳細がお示しできない場合は対象外となります。」とすぐに突き返されてしまう。

これは〝実質的なNO!〟である。

更に驚くべきは、「相見積書」には〝全く同じ項目、全く同じ文言〟での記載を要求される。

酷い事務局担当者に当たってしまった場合、「製品名に書かれている英語が小文字になっていますので、見積書に合わせて取り直してください」とまで言われたことすらある。

異なる業者に見積りを頼めば、見積項目、書式などが違うのは当たり前だ。しかし、補助金ではそれが通用しない。

すると、最終的に「業者名」「金額」だけが違う「相見積書」を用意することになる。並べて見ると実に〝奇妙な見積書〟である。

これは交付申請におけるほんの一例であるが、こうした常識では考えられない細かい指摘が、何度も何度も繰り返され、ついには事業者が悲鳴を上げ、駆け込み寺のように相談にくることも多い。

どうやら竹内も、最初は頑張って交付申請手続きをしていたが、こうした事務局とのやり取りがなども続き、ついには5回目の差戻しをくらった時に、音を上げたらしい。

竹内は、事務局から指摘された差戻メールをプリントアウトし、矢島に見せてきた。そこには実にA4用紙4枚にも及ぶ指摘事項が綴られている。

「竹内さん、お言葉ですが…まずは真壁さんにお願いするのが筋でしょう。」

矢島は、体を小さくし、うつむき加減の竹内に向かって言った。

「矢島さん、大変申し訳ありません。仰るとおり、何度か真壁先生のところに行ってお願いしたんですが、『契約は終了している』と言われて断られてしまい…」

「それで、なぜ弊社なんですか?以前にも、弊社は事業計画書を策定したクライアントのみに対して、その後のサポートをしているとお伝えしたはずです。」

「はい、おっしゃる通りです。実は、真壁先生が認定支援機関の確認書を発行してくれた弊社であれば、サポートしてくれるのではないかと…」

(またか…)

「どうしても困っていまして、このままだと事業完了期限に間に合わなくなりそうで…なんとかなりませんでしょうか」

「矢島くん、困っているのなら、サポートしてあげたらいいじゃないか」

その声に反応したのは、小宮だった。

「君は補助金のプロなんだから、交付申請なんて難しくないだろう」

「小宮部長、しかし…」

「困っている事業者を支援するのは我々の使命だと私は思うよ」

「はい…部長がそうおっしゃるのなら…」

「小宮さん、矢島さん、本当にありがとうございます。」

「それでは、一旦、弊社にて差戻しの内容を精査しますので、後日、ご連絡差し上げます」

竹内は何度も頭を下げて、弊社を後にした。

竹内が帰ると、小宮は即座に自席に戻り、電話をかけ始めた。

「もしもし、KSBコンサルティングの小宮です。真壁先生いつもお世話になります。御社からご紹介のサイバーゴルフ様の件ですが、弊社でサポートいたしますのでご安心ください。………はい、もちろんですよ。………今後ともどうぞよろしくお願いいたします。」

矢島は大きなため息を吐き、差戻メールに目をやったが、その内容は頭には入ってこなかった。
 

<第6話へ続く>
 
 


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