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【こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった。】第6話:心の折れる音がする


<あらすじ>
コロナ禍で突如始まった国による「事業再構築補助金」
ゴルフレッスンプロの竹内勇作は最大6,000万円貰える補助金に採択され、最新鋭のインドアゴルフ場建設に胸を躍らせていた。しかし、この補助金にはいくつもの欠陥があったー。補助金を貰うまでの苦労、経営の難しさ、人間関係のすれ違いによって、抱いた夢は儚く散ってゆく。そんな竹内に対し、事業計画書を作成した中小企業診断士達によるコンサルティングという名の「管理」に竹内の精神は日に日に蝕まれていくことに。「こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった」という竹内に対して、コンサルタントである九条が再建を任されることになったが、果たしてその行方はー。

第6話「心の折れる音がする」

「それは災難だったな、矢島。」

私は、矢島からコトの顛末を聞いた。

「いやぁ、本当ですよ。竹内が窓口に来た時には、小宮部長の姿は見えなかったんですけどね。どこから嗅ぎ付けたのか。」

「いつも、大事な時には居ないのにな。」

「はい、九条さんも押し付けられないように気を付けてくださいね。」

「そうだな。」

「ところで九条さん、これを見てくださいよ。」

矢島は、竹内が残していった事務局からの差戻メールを見せてきた。

「これはひどいな…」

「はい、見積依頼書も付いていないし、諸経費も何度指摘されてもそのままになっています。竹内は【補助事業の手引き】を読んでないでしょうね。」

【補助事業の手引き】は、事務局が公表している交付申請のための説明書である。しかし、100ページを超える分量がある上に、政治家のような独特の言い回しも多く、相応の〝読解力〟が求められる。

事業者が、補助金申請に当たって、コンサルティング会社に依頼する理由の一つもそこにある。

ひとことで言うと、補助金申請は「分かりにくい」のだ。

「これは骨が折れますね。」

矢島は、そう言って、事務局からの指摘事項を一つ一つ解読していった。

その日の夕方、矢島は、竹内に電話をして、今までの申請書類を持って弊社に来るように伝えた。

翌日、指定時間の15分前には竹内が現れた。
竹内の手にはクリアファイルに押し込められた書類が見えている。

「矢島さん、この度は本当にありがとうございます。」

顔を上げた竹内を見ると、依然に比べて明らかにやつれているのが分かる。
また、安堵感と悲壮感が混じっているような、なんともいえない表情だ。

事務局とのやり取りはあくまで書類上のものであるが、それと並行するように建物設計、内装仕様、設備の打ち合わせなどが連日入っており、あまり寝ていないようだ。

矢島による竹内への書類の修正指導は、実に3時間にも及んだ。

その間にも、不明点があればその場で竹内が事務局へ電話し、横で聞いている矢島にメモを渡す。それを矢島が確認し、再度竹内が事務局に質問内容を伝えるという電話越しの三角関係が続いた。

ようやく事務局からの指摘事項について確認・修正が終わり、再申請の目途が付いた。

「竹内さん、ひとまずこれで業者さんからの見積書が届けば、再申請できそうです。」

「矢島さん、本当にありがとうございます。私一人では、果たしていつになれば交付決定が下りるのか目途も見えませんでした。とても助かりました。」

「そうですか、それは良かったです。」

胸をなでおろした矢島だったが、竹内の冴えない表情に違和感を覚えた。

「あの…矢島さん、一つご相談してもよろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょうか」

「矢島さん、クラウドファンディングのやり方って分かりますか?」

「クラウドファンディング…?」

勘の良い矢島は、すぐに察しがついた。

「もしかして、銀行からの借入が上手くいってないんですか?」

「はい…自己負担部分の3,000万円もそうなんですが、つなぎ資金もまだ目途が立っていなくて…」

補助金は原則「後払い」のため、補助金が下りるまでは、一旦すべてを自己資金で準備しなければならない。

つまりは、【いずれ補助金が6,000万円入ってくるので、それまで立て替えをお願いします】という、一時的な借入金のことを「つなぎ資金」という。

銀行側の立場でいえば『交付決定が下りていない=本当に補助金が貰えるか分からない』ということになり、つなぎ資金の6,000万円が返ってくる保証がないため、二の足を踏んでいるのだ。

竹内が融資を申し込んでいる銀行は、新規取引であるため、余計に慎重になっていた。

そこで、竹内がどこかから聞いてきたのが「クラウドファンディング」であり、少しでも資金を集めようというわけだ。

「矢島さん、クラウドファンディングって、どうすればいいんでしょうか?」

「竹内さん、この際だからはっきり申し上げますが、クラウドファンディングは難しいです。クラウドファンディングは、プロジェクトに共感した人が寄付や購入するものです。有名施設が行う一大プロジェクトならまだしも、地域のインドゴルフ場となると応援する必要性が薄くなってしまいます。」

「そうなんですか…」

「はい、また、弊社でも過去に何社か、クラウドファンディング案件をサポートしています。しかし、実際に支援が集まったプロジェクトでは、ランディングページやライティングをプロに依頼し、お金をかけて制作しています。もちろん、商品写真や動画を撮影する場合は、別途費用がかかります。」

「それに加えて今回のように店舗型の場合、支援する人は〝その店舗に来店できる人〟に限られてしまいます。そうなれば元々、竹内さんのことを知っている人か、たまたま近所でゴルフをやりたい人が対象になるでしょう。更にいえば、クラウドファンディングの手数料は15~20%引かれてしまうため、思ったような資金調達の効果は得られません。」

「そうですか…思った以上に難しそうですね…」

「現状を考えるとその労力を割くことは現実的ではありません。銀行との交渉を粘り強く進めることをお勧めします。」

「はい、分かりました…」

矢島から、クラウドファンディングの現実を聞かされて、竹内からは深い溜め息とともに心の折れる音が聞こえるようだった。
 

<第7話へ続く>
 


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