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コンドーム自販機の歴史

コンドーム自販機について、私が知っていることはとても少ない。調べてみたものの、コンドーム自販機についての資料はほとんどなかったからだ。更に、見つけた資料は私が知りたかった全てではなかったため、以下に記載する歴史は、資料と私が自販機を巡って分かった事実で補足したものである。

1.誕生

コンドーム自販機が誕生したのは、大阪。昭和44年の『週刊文春』と『週刊新潮』によると、高槻市と豊中市に設置されたのが恐らくコンドーム自販機の始まり。それ以前にもあったのかもしれないが、先にも記載したように、資料が全然ない。

記事によると自販機には「生活の友、コントール 二十歳未満の方はご遠慮ください」とあったらしい。メリヤスシャツの製造業を営んでいた門喜代蔵氏が当時、家庭内での性病の流行していたことを危惧し「コントール」という会社を新たに立ち上げた。この会社で門氏は自販機を製造する。自販機は、タバコの自販機を改造して作ったそうだ。そしてこのコンドーム自販機はタバコ屋、雑貨屋、小間物屋、菓子屋の店先に設置された。
現在、コンドーム自販機は薬局で多く見られるが、その他に酒屋、タバコ屋などに見られるのは大阪で生まれたコンドーム自販機のルーツの流れを汲む設置場所と言える。

2.タバコ屋から薬局へ


コンドーム自販機にたまに「NSJK 日本スキン自販機協会」と印刷された銀色のステッカーが貼ってあるのを見かける。この協会はもうないのだが、大阪でコンドーム自販機が生まれた2年後の昭和46年にこの協会は設立された。たった2年で協会が出来たということに、コンドーム自販機の普及の速さを感じる。

全国にコンドーム自販機が広まっていく中で、粗悪な商品を販売したり、周囲の環境を無視して設置したりと困った者も存在したらしい。こうした状況を立て直し、コンドーム自販機を更に健全に発展させようとしたのが、日本スキン自動販売機協会である。

協会が設立されるまでの2年の間に酒屋や、たばこ屋などの店頭やそれ以外の場所にコンドーム自販機をどのように設置し、どのような粗悪なコンドームを販売したのかは分からないが、人々のコンドーム自販機へのイメージは良くなかったようだ。協会は、粗悪品を決して販売しない、機械を清潔に保つなど日々の対応を誠実に積み重ねてイメージの改善に努めた。

「1.誕生」で述べたタバコ自販機を改造した自販機とは別に、タバコの自販機を活用したコンドームの販売が当時、協会の中で問題になっていた。タバコの箱の見た目とコンドームの箱の見た目が似ており、誤って購入してしまう消費者が多かったのだ。
私も大きめのタバコ自販機で、様々なタバコが並ぶ中、下の方の列の隅に突然にコンドームが1個並んでいるのを見たことはある。
しかし、タバコ自販機を設置していた酒屋やたばこ屋が少なくなっているため、現在ではそれは、ほぼ見られない。

タバコの自販機を改造して誕生したコンドーム自販機が、酒屋、雑貨屋などに並び始め、薬局へと広がり、現在は酒屋などよりも薬局で見られるのが主になった。しかし最初から薬局でコンドーム自販機が歓迎されていたわけではない。
協会では薬局へのコンドーム自販機の設置も働きかけていたが、薬局側から見ると、店頭にコンドーム自販機があることで、薬局でのコンドームの売り上げが減るのではないかと思われたようである。これには協会がコンドーム自販機での購入は「一時的」であり、薬局の領域を侵すものではないと説明をしたそうだ。コンドーム自販機で購入できるコンドームの入り数が薬局で購入するものより少ないのは、こうした配慮によるものだ。

今、薬局以外の場所にあるコンドーム自販機に協会の銀色のステッカーを見ることはほとんどない。ほとんどないが、販売しているコンドームは国内メーカーのものばかりで、品質には全く問題ない。日本国内でコンドームを買う場合、自販機でも、店舗でも安心して購入して欲しいと思う。

3.エイズとコンドーム自販機

1990年代前半、エイズは偏見と恐怖と共に人々の間に知られた。エイズ予防にコンドームは有効な手段だ。そこで、コンドーム自販機も積極的に設置をしようという動きもあった。

コンドーム自販機は「青少年育成に影響を及ぼす」「景観に影響する」などの理由から設置に規制を設けている県や市などがある。しかしエイズの蔓延予防の観点から、当時の厚生労働省がコンドーム自販機の設置について見直すよう通知をし、それを受け規制を緩める県や市も存在した。これらの情勢から新たにコンドーム自販機の設置に参入する者がいたようだ。

この頃、これまでコンドーム自販機は硬貨でしか購入ができなかったが、紙幣でも購入できるコンドーム自販機も登場した。この紙幣でも購入できるコンドーム自販機は、現在酒屋やタバコ屋で見られることが多く、薬局ではあまり見られない。紙幣も使えるコンドーム自販機をもって、先に登場した「NSJK 日本スキン自販機協会」とは別のルートで販路を拡大しようとしたものがいたようである。
そして、協会が懸念していた「タバコ自販機でのコンドームの販売」も再び増えてきていた。私が実際に見たタバコ自販機の中のコンドームも1990年代前半に置かれて、そのままになっていたものかもしれない。

現在、エイズのニュースが流れることがほぼなくなったように、コンドーム自販機そのものへの関心もなくなくなっている。そして全てのコンドーム自販機は、1990年代初めに登場した紙幣も使えるコンドーム自販機も含め、現在国内での生産を終了している。

【参考文献】
『週刊文春』昭和44年7月21日号/『週刊新潮』昭和44年7月19日号
『ドラッグマガジン』1987年3月号、1992年3月号、1994年3月号、1996年3月号
『朝日新聞」1993年2月10日朝刊

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