凌霄花、こっちへおいで



   凌霄花


「世界中どの階段も本当は一段足りない気がするのよね」





   ここが鞍馬か


初めまして無調といいます今日からあなたは調性になります


速報です虹ってやっぱり龍だったみたいですって気象予報士


図書館の隣の席の若者のイヤホンからまあまあの念仏


あなたほど希薄な人は初めてと役所の人に困られる人


一般論としてもうダメなので旅に出ますと割れるマグカップ


だいこんにはホルンの音がしみやすい たぶんがんもどきにはティンパニ


さっきまで爆発だったものたちがバケツの中でほっとしている


左官屋の歴史が辿り着いた平面が問いかける 鏡よ鏡


滅びゆくブラウン管の物語に出てこない彼の物語


観覧車一周分の現実の落し物です 先着二名


珈琲と一緒に出された戦争の記憶を包み込むカステラ


道徳はホールケーキではないので完璧に七等分できます


ベランダに白薔薇があふれんばかりあったのを日直が片付ける


人間の言葉で木漏れ日と鳴いた風鈴は九月でも風鈴


中華そばにやさしくされたい夕方にやさしい中華そばを抱く


砂浜に打ち上げられた鞍馬行き叡山電車 ここが鞍馬か





   海と肋骨


どうしても海という言葉を使わなければならないときがあるだろう


極彩色 むやみやたらとくらやみでいろどりにきがふれてるやつら


動物園で檻を初めて知った子供が鳩に走る たすけて


釘抜きと抜かれる釘で交わされる無言は末路が同じがゆえか


時間とは何か 十二時十分の時計は無知を恥じて止まった


この鳥が探されています その鳥は探されたくないと思います


素面です油まみれのこの手なら月をすくえる気がしたんです


満たしても乾いた音で割るくせに紙風船を探すんですね


台風に目を与えたのは人間です やさしい子だったんですよ


実際に聖なるものが目の前に現れたことがあるんですか


フィクションのマリーが泣きながらノンフィクションで救われたかったと叫ぶ


不都合なもの一切を拒絶した庭の蜘蛛の巣 人の手には火


畦道の鉄塊の助手席で花嫁として朽ちてゆくマネキン


廃村の荒地で遊ぶ野良案山子 ここはかつて麦畑だった


人間は骨に立つもの 骨の白い光の上に斃れ込むもの


ペンヴェの少女たちは呼ぶ春を呼ぶ不協和音の合唱で呼ぶ





   冬瓜と寝る


冬 シーツにありえない量の月光が跳ねて君の骨が透ける


じゃあプラネタリウムって十回言ってみてって言ってみて 言わせて


赤色のスープを飲んだ 正しさは魚の小骨みたいでしたね


あっけなく終わってしまったことにだけ宿る光はお付けしますか


鋭角に鋭角になりたがる人をあんで包んであげてください


たぶん何か抽象的な尊さが発酵したらこれが生まれる


幸福を阻害するものばかり置く棚もきちんと埃を払う


鹿だって歩き疲れる 人間は少しゆるしを求めすぎてる


哲学を遠ざけないこと レシートの裏のメモ、たぶんカレーの日の


自然数 最初にそれを知ったときやわらかい歯の感触がした


青魚 愛していると言うときに人は知らずに骨を見ている


争いに飽きた女が行きずりの野菜を求めはじめての八百屋


革命の予感が続く日曜日すこし多めの砂糖を入れる


老犬が老飼主を気遣ってゆっくりとてもゆっくり歩く


水中でそっと獲物を待つように満ちては欠ける公衆電話


また光る君の黒髪静電気いや祈りまあなんでもいいか





   こっちへおいで


「少しずつ少なくなる君が好きだから爪を切るときは呼んでね」

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