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「たちあな姫」は今この時も

菊池寛の「たちあな姫」という短編がある。
ロマノフ朝最後の皇帝であるニコライ二世の第二皇女タチアナが
幽閉を逃れて米国に亡命しようと日本を経由するという
報に接し、取材を試みたことから
その行く末に注意を払うようになった主人公が
その悲惨な末路を知る…

***引用***
『露国の一億に近い民衆が、自由を得る為めの犠牲だ』と、
考へ直して見ましたが、ロマノフ家の専制に少しも関係のない
女性が、生命ばかりでなくその貞操迄も蹂躙さるゝと云ふことは、
何う考へても忍び得ないことだと思ひました。……何故、
之等の内親王が、戦争で死んだ者の中で、一番残酷な死方を
しなければならなかつたのでせうか。
********

ウクライナの悲劇は続いている
ロシアによる行軍は国際法違反であり侵略である
ロシアの主張である「ウクライナによるウクライナ国民へのジェノサイド」
が仮に本当であったとしても
侵略が許されるわけでもなければ
全く無関係であろう無辜の子女を蹂躙することが許されるわけもない

「たちあな姫」では
友人たちが悲劇の結末以前の皇女の貞操を疑うことで
さして憤りもせずわかったように扱おうとするのを
主人公は淋しく思って終わる

いまも同じことが繰り返され
いまも同じ感想が発せられているのを
SNSで淋しく目にする
そもそも非の無い人も国もないというのに
誰かが人々の恨みの標的になるとき
人々は
それがあたかも当然の報いであるかのように
同情と正義を薄れさせる

相手の「悪さ」は
相手自身のみならず
相手の遠い関係者に至るまで
いつ自らの不正を許す口実になりえたのだろうか

人々の傍観は
余りに悲惨な最期を
目のあたりにする勇気も覚悟もない
世の不合理と理不尽をそのままでは受け入れられない
人間の性(さが)故か
あるいは優しさ故だとでもいうのだろうか

参考)
焦点:ロシア軍の性的暴行「組織的」か、司令官認識との証言も | Reuters
菊地寛『菊池寛全集 第二巻』(文藝春秋、平成五年)


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