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「珠名の森のねむり姫」 十四歳 修学旅行(1)

 浜口から相談を受けた時「僕は止めた方がいいんじゃないか」と返事をした。
 どうやら浜口は、同級生の杉田沙友里に修学旅行の最中に告白するつもりらしい。
「どうして修学旅行で告白するんだよ」
「旅の恥は掻き捨てと言うだろ」
 恥とみなしている時点でダメなのではないか。
「そういうのはもっと落ち着いた時にやるものだと思うんだよ」
「俺もその意見に一理あると思うが、やっぱりその日がいいんだよ」
「なんで」
「大安なんだ」
 真面目に返事をするのもバカバカしくなってきた。
「分かった。できる限り協力するよ。ただ、できる限りだからね」
「恩に着る」
 修学旅行があと数日に迫っていた。
 僕は自由行動の班の班長だった。立候補したわけではなかった。そもそも僕ら六人の班自体が、仲良しで集まったわけではない。班を決定する時に、僕はなんとなく浜口と二人でいて、そのほかにあぶれた三人組のグループと一緒になった。それに班決定の日に休んでいた中山を加えて班が形成された。中山が登校した日に僕らの班になったことを伝えると、「クソ下らねえ。お前がやれ」と言われ、他のクラスメートも面倒ごとを引き受けたがらなかったので、僕が班長になったのだ。
 これ以上厄介ごとを増やしてほしくなかったが、浜口は真面目に告白するつもりなので、まったく手伝わないのも悪い気がした。
 詩穂に班長をやらされていることを話すと同情してくれた。詩穂はクラスの仲の良い子たちと、もう一つのグループが合体して自然と班になったらしい。
「一人仕切ってくれる子がいたから、私は雑用しているだけでよくて楽チン」
「京都楽しみだね」
「うん」
 小声で話していたが、図書の先生が入ってきたため、ノートによる筆談に切り替える。
「そういえば、あの本読んだ?」
 僕らは自然に本の話をするようになっていた。僕にとって詩穂は、唯一の異性の友達だった。
「告白をする」と言った浜口の言葉が頭をよぎった。相変わらず、詩穂が先輩とどのような関係なのか分からない。尋ねることもできない。僕は、自分の恋心をずっと抱えたまま過ごしていくのだろうか。
「自由行動の時にバッタリ会ったりしたら素敵だね」と詩穂が書いた。僕は大きな文字で「うん」と書いた。詩穂はニコニコしてそれを見ていた。

 京都行の新幹線の中で、浜口が「計画は整った」と言った。
 すると後ろの席から「計画ってなんだ。新幹線でも爆破すんのか」と声をかけられた。
「不謹慎だ」と浜口が答える。
 声をかけた生徒もさほど興味はないのか「あ、そ」と言って別の友達と話し始めた。
「なんの計画?」と僕は尋ねた。
「計画と言ったら、俺が杉田に告白をする計画に決まっているだろう」
 その言い方はまさに「新幹線を爆破する」みたいだと思ったが黙っておく。
「金閣寺見学の後少し自由時間があるだろう。その時に決行する」
「分かった。でも、本当に僕がそんな大事な現場に居合わせていいの」
「お前がいなきゃ成立しない。お前が杉田に話があるって設定なんだから」
「なんでそんな設定を」
「俺が話があると言ったら警戒されるだろう」
「告白の前に人間関係の構築から始めた方がいいんじゃないか」
「ふん。計画は動き出している。今更後戻りはできない」
「だからなんで犯罪計画めいた口調なんだよ」
 浜口はスナック菓子を食べ始めた。仕方ないので僕もスナック菓子を食べることにした。 
 金閣寺を見学した後、レストランで食事になった。食べ終わった頃に浜口が立ち上がった。
「行くぞ」
 レストランを出て店の裏側に出た。そこでは、杉田ともう一人女子が待っていた。
 我々は二メートルほど離れた場所で相対した。誰も何も言わなかった。ただならぬ緊張感が漂う。告白の甘い緊張ではなく、荒野の決闘のような殺伐としたものだった。
「なにか言えば」
 と杉田が言った。浜口が何も言わないので僕が話すことにした。
「実は話があるのは僕じゃなくて浜口の方なんだ」
「はぁ」
 杉田は苛立ちを隠さずに呆れた声を出した。浜口はこの子のどこがいいのだろう。
 浜口が一歩前に出た。
「ぼ、僕は、一目見てからずっとあなたを見てきました」
 杉田の隣にいた女子が、「ストーカー、きもい」とつぶやいた。
「だからなに」と杉田は繰り返した。
 浜口は大きく息を吐きだし、首を振った。いつもの調子を取り戻したのが分かった。
「それでな、一言で言うと、俺はあんたが好きなんだ」
「で」
 杉田は必要最低限しかしゃべらないと決めているようだった。浜口はひるまなかった。
「この旅が終わったら俺と交際しないか」
 杉田は笑いだした。辞書に嘲笑の例として載りそうなほどの嘲笑だった。もう一人の女子は、「ウケる」と言いながら、お腹を折り曲げて笑っている。
「笑うなんてひどいじゃないか」と、僕は思わず口を挟んだ。
「どう振る舞おうと私の勝手でしょ。前橋に関係ないわ」
「……」
「付き合うとかマジキモイから。あんたとは友達ですらないから」
 それだけ言い置くと、杉田と女子は立ち去った。 
 浜口は微動だにしなかった。後ろ姿からはどれほどショックを受けているか分からなかった。
「大丈夫かい?」と声をかけた。浜口はゆっくりと振り返った。
「俺は大丈夫だ。ところで、歩くときは右足を出したら次は左足を出すんだったよな」
「だいぶ動揺しているね。一度座ろうか」
 僕らは近くのベンチに腰掛けた。僕らの前を何人もの観光客が通り過ぎた。空を幾筋もの雲が流れていった。
 ランチタイム終了間際に、僕らはレストランへ戻った。
 旅館に着くと、班の他のメンバーは、別の部屋に遊びに行った。部屋には僕と浜口だけが取り残された。
「俺がなぜ杉田を好きか分からないだろうな」と浜口が言った。
「あの子の良さが分からない」
「入学した頃な、話したことがあるんだ。おはようって言ったら、すごい笑顔でおはようって返してくれた」
 浜口は恥ずかしそうに目を細めた。そんな浜口を見るのは初めてだった。
「ほんのささいなことなんだよ。でも、それが心に大きな居場所を占めることがある」
「……」
「きまずい思いをさせてすまなかったな。でも、ありがとう。おかげで告白することができた。後悔はしていない。いい一日だった」
「それなら、よかった」



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