老人保健施設を振り返る

昨日は老人保健施設の介護職との関わりを続けて、応援してくださる素晴らしい医師の方とディスカッションする機会をいただいたこともあり、自分も長く経験した老人保健施設について振り返ってみようと思いました。


介護職という立場で老人保健施設を見つめた時に、特別養護老人ホームをはじめとする別の介護施設と比較して、介護職が主体性を発揮しにくい現場だと実感しています。医療に関わることは看護師の指示を受けて、動きに関わる部分はリハビリ職の指示を受けるというように、構造的に介護職は多職種の指示を仰ぐという立場にいるので、自らが主体的に開拓していくという流れはなかなか生まれにくいんですね。ヒエラルキーの最下層というピラミッド構造が強ければ、介護職は医療職の助手的な役割に徹することになり、介護職としての持ち味を発揮することは難しくなります。


老人保健施設における介護職としての厳しさは、ヒエラルキーから起こる多職種との関係性だけではないですね。老人保健施設は通称でリハビリ施設と言われたりもしますが、回復が見込まれる方が病院から退院して、老人保健施設でのリハビリを受けて在宅復帰をするという従来のイメージを推進するには、対象者が重度化し過ぎたように思えます。ADLの自立が見込まれない対象者にリハビリを実施して、介護職も自立支援(自立行為の獲得を自立の定義とした場合)を謳いながサービスを提供していくという理念と現実のギャップは、介護職だけではなくリバビリ職も内心ではモヤモヤしている方も多いのではないでしょうか?


多職種におけるヒエラルキーに加えて、リハビリ施設としての理念と現実のギャップの狭間で、老人保健施設の介護職はなかなか前向きな展望が抱きずらいように思えます。もちろんすべての老人保健施設がそのようになっていると断定するわけではなく、そうした状況に活路を見出してる老人保健施設もあるとは思いますが、まだまだそうした施設が主流になっているとは思えません。生活の場としての対象者のQOLに活路を見出すには、特別養護老人ホームをはじめとする他の介護施設と比較すると、在宅復帰というミッションや人員体制が足枷になりますし、なかなか厳しい苦境に立たされているいうのが老人保健施設の介護職の立場ですね。


さて、こうした老人保健施設の介護職が充実と共に働くためにはどこに活路を見出せば良いのでしょう?矛盾するようですが、それは利用者の重度化によってリハビリ施設という謳い文句が通じなくなってきた厳しい状況の中にこそあるのだと思います。つまりそれは、老人保健施設でリハビリをすることで、自立行為を獲得して在宅復帰するということではなく、自立行為の獲得は難しくとも、在宅生活を想定した介護のコーディネート力こそが、在宅復帰における重要さの比重が増しているからです。食事・排泄・入浴の繰り返しにうんざりしている介護職もいるかもしれませんが、その繰り返される日常にこそ、これからの老人保健施設が輝きを取り戻すための価値が潜んでいることを、自分は老人保健施設で勤務する介護職の方々に知ってもらいと思います。


これまでの話しを要約すると、リバビリ施設やら病院と自宅の中間施設と呼ばれていた時代には、老人保健施設の介護職は活躍の舞台が見出せずにいましたが、対象者の変化により老人保健施設のニーズも変わってきました。それまでのようにADLの向上によって在宅復帰を目指すというよりも、在宅介護を必要とする方々を老人保健施設で24時間観察をしつつ、在宅生活での最適プランをコーディネートする力が求められるようになってきたことで、まさに介護職の本来の持ち味を伸ばすことが老人保健施設の質に様変わりしようとしているわけです。

ただ、現段階での老人保健施設の介護職の課題は、在宅生活を知らなすぎることにあります。入所前後訪問や退所後訪問をしても、在宅生活の肌感を知るにはあまりにも少ないですね。施設ケアマネが在宅プランを立てることで、外泊時にも訪問介護を利用できる法改正もあったと記憶してますが、実際の運用はあまりさせれていないのではないかと推察(実際のデータはないですが)しています。


繰り返しになりますが、これからの老人保健施設は、在宅生活における介護の最適化をコーディネートする力が問われるのでしょう。老人保健施設という環境下(人的資源も含めて)で行われているケアをそのまま提示することが在宅復帰支援ではなく、在宅を想定することで逆説的に施設サービスのあり方を作り上げるという姿勢がより大切になるのでしょう。そのためには在宅生活を知る必要があり、在宅支援と在宅復帰支援を総合的にアプローチできる介護職の育成が急務になると思っています。


在宅が施設かということではなく、状況に応じて住まいを選択できる地域をつくるということ。例えば在宅で褥瘡ができたら、24時間観察できる老人保健施設に1ヶ月だけ入所してまた在宅復帰する。在宅で軽度の脱水になり、在宅では回復が難しい場合には、老人保健施設に入所して回復したらまた在宅に戻る。このように病院に入院するほどの高度な医療の必要性はないけれど、在宅だけでは難しいほどほどの医療を引き受けることで、長い目で見た在宅生活の安定性に貢献して、なおかつ地域医療のリソースに余力を持たせるような働きをする。病院から老健を経由して在宅復帰する中間施設(もちろんその機能がまったくなくなるという意味ではなく)という位置付けから、在宅と老健を往復しながら、地域や在宅生活の健全化に貢献することこそが老人保健施設の役割であり、その要になるのは介護職であると自分は信じています。


最後になりますが、新型コロナウイルスの発生により立ちすくんだ介護職が、自らの足で立ち上がり、様々な挑戦に向かう心理的な変容を人類学の観点で分析してまとめてくださった文章があります。上記の本の中で自分たちも大変にお世話になった医師の奥先生の項は大注目なので、機会がある方は是非とも手に取ってご覧になってください。内容は感染症がテーマになっていますが、本質的には感染症に限らず普遍的だと思います。重要なことは自分たちの手で改善できる小さな変化を生み出す実践の蓄積が、物事を変えることができるという有能感を介護職にもたらせるということなんですね。

初めから大掛かりなハードルを掲げる必要はありません。まずは変えれるもの着実に改善していくということ。在宅生活による擁護者の腰痛を予防するために、安楽な介護技術を作り上げるでも良いですし、在宅復帰後の介護方法がもっと分かりやすくするために、文章だけではなく動画を添付するというような情報提供のあり方を変更してみるでも良いと思います。まずは目的を明確にして、小さな変化を生み出すことで、主体的な世界を獲得するという小さな意識の変容こそが、その後の介護職の歩みに大きな変化をもたらせる重要な一歩なんだと思います。


色々と長く書いてしまいましたが、老人保健施設のテーマである多職種連携を考える上でも、介護職の有能感はとても重要になりますよね。やはり連携協働はそれぞれの職種が独立したフィールドを獲得しているからこそ成り立つのであって、ピラミッド構造による指示待ちというスタンスからは有機的な協働は生まれません。ですから多職種連携の前にまずは介護職の独立したフィールドを作ることが重要になると思います。そして、その独立したフィールドをつくるために重要なことは、新たな実践というよりも解釈を刷新することによる意識の変容なのだと思います。

考えてみれば介護職の仕事を誰が否定できるでしょうか?医療が薬を処方しても、ご本人が内服しなければ効果はありません。リバビリ職が訓練を実施しても、食事が足りずに栄養よりも活動による消耗が勝れば、その人は元気になるどころか痩せ細るでしょう。褥瘡が多発すれば看護師は処置に振り回されることになり、利用者の心身の健康状態を把握する観察眼は損なわれていくことになるのかもしれません。つまりは多職種が効果を生み出すための基礎地をつくるのが介護職のアプローチなのですから、どちらかと言えば否定的な意味で使われることが多い3大介護にこそ介護職の本質があるのだとポジティブに解釈を捉え直して、一歩ずつ高度化に向かうというプロセスが大切なのだと思いますし、それは老人保健施設の介護職に限定されることなく普遍的なような気もします。


まずは足下の基礎を見直して、徐々に幹を確立しつつ、そこから枝葉を広げていくという成長のプロセスは本当に大切で、いきなり枝葉を追っても、瞬間的な勢いは作れても持続しないで結局は折れてしまうことになると思います。インターネットで色々と調べても、枝葉の活動は探しやすいですが、その組織が持っている基礎地は見えてこないですね。ですから時には情報を漁ることはやめにして、目の前にいる利用者だけを見つめることが大切になったりします。まずは3大介護に対する解釈を刷新することで、自分たちの仕事の重要感を認識することが最初の種になり、次に目の前の利用者との関わりを良質にするための実践によって幹を育てる。その土台の確立により次には枝葉の広がりを考えるという段階を意識して、それぞれの組織がどの段階にあるかを冷静に見つめて、具体的なプロジェクトをつくりましょう。それによる実践が、私たちは主体的に物事を変えることができるという有能感の手応えを生み出して、より大きな挑戦へと踏み出す足場を作り上げてくれることになります。

長くなりすぎたので、最後はアルキメデスがテコの原理を説明した時に用いた言葉をご紹介して締め括りたいと思います。『まず足場を与えよ。さすれば世界を動かさん…』という言葉は、地道な作業の連続に心が折れ折れそうになっている自分をいつも励ましてくれました。どんなに地味でも良いですから、まずはほんの小さな足場を作りましょう。始まりがなければその後もないのですから、小さな点を作ることに集中しましょう。そのために自分がお手伝いできることがあれば、ご協力していきたいと思いますので、是非ともお声掛けください☺️

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