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ハネムーンのお土産

 南半球の小さな島の、ある輸入菓子卸の会社の前に、ボロボロの紫色の車が置かれていた。看板がわりに、人の背丈ほどの台に乗せられて。人々は、「ほら、あの、紫の車を過ぎてすぐ右に」というようにしばしば道の説明にも使われていた。

 ある日、ハネムーンでその島を訪れたフランス人カップルが、島一周ツアーに参加して、バスの車窓から、ふとその車を見る。
 え、と目が釘付けの旦那さん。
 ツアー後慌てて夫婦はレンタカーを借りて、その会社に舞い戻る。
 何やらとても珍しいクラシックカーだったとかで、新婚夫婦はその場で言い値で買うといい、会社は塩害で錆びてボロボロのもう走らない車に、おそるおそる50万の値段をつけて、伝える。
 二つ返事でお金をポンっと支払った新婚夫婦は、その車を大切にフランスまで運んだという。
 旦那さんの酔狂な趣味に奥さんが巻き込まれた話、かと思いきや夫婦揃って車オタクだそうで、良いハネムーンのお土産になったことだろう。

 この話には、少し続きがある。

 幸運なボロ車の話は瞬く間に島中の人々に広がって、しばらくして道路沿いにガレージで眠りこけていたボロボロの車がずらりと並んだ。
 しかし、もちろんそんな幸運な話は滅多に転がっていない。今も島中に廃車が朽ちてるのは、こんなことがあったからだ。
 この話にも教訓は特に無い。


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